【書評/要約】サ道 - 心と体が「ととのう」サウナの心得 (タナカカツキ 著)(★5)
▼シェア&フォローする▼

私は週に5,6回、サウナを楽しむサウナー。

暑さ我慢のサウナの後は、サウナの主役と言える「水風呂」。そして、その後の休憩タイムに、身体がふわっとして、なんとも言えない気持ちのよい高揚感・恍惚感=サウナトランス😌がやってくる。

サウナにも作法ともいえる「道」がある。そして生まれた「サ道」。

この「道」を面白おかしく、ご自身の体験をもとに書き下ろされたのが、サウナ大使こと、タナカカツキさんの「サ道」

灼熱の小部屋と、冷厳な水風呂が、なぜかくも人を魅了し続けてきたのか?
そして、大人だけが知る悦びと秘儀とは?

サウナー、或いは、サウナの魅力を知りたいと思うなら、絶対に読んでほしい一冊がKindleUnlimitedに降臨しました。

どうしても、サウナのことになると、熱くなります…
ご容赦を。
chami
chami
【10/18まで】Amazonタイムセール エントリーでポイントUP🥳

サウナでととのうとは

サウナでととのうとは

今更ながら、を説明するほどでもないほど、昨今のサウナブーム、テレビ番組「サ道」で世に知れ渡った「(サウナで)ととのう」。

生理学的に言えば、「血行を強制的に促進させる行為」。

サウナで血管の蛇口を開き、水風呂でキュッと閉める。
このとき、血が脳に酸素をどんどん運ぶ。
脳に大量の酸素が運ばれ、それが行き渡れば、ほわ~んと気持ちのよい恍惚感が訪れる。

でも、やっぱり、このサウナトランス状態を経験するには、「作法」「道」があって、初心者が一発でこの境地に至るのは難しい。

そして、慣れている人でも、「雑念」「邪念」が頭の中にありすぎると、近づいてきた「ととのう感」も、遠のいてしまう。メンタルの大波に最高のバランスで乗れた時の爽快感はなにものにも代えがたい。

そんな体験を、本書は、サウナで出会う面々との体験を織り交ぜながら、紹介してくれる。

サウナ初心者なら「ふ~む」、それ以上なら「うん、それ、わかる!」とうなずけること間違いなしな1冊なのです。

う~ん、サ道は奥が深い。

なるほど!「風呂」の豆知識

私が本書で初めて知ったことがいくつかあります。

「風呂」はもともとは「サウナ」

「風呂」はそもそも「蒸し風呂=サウナ」だったということ。

お風呂は平安時代末頃からあったそうですが、それは蒸し風呂で、お湯をはって浴槽に浸かる形式に変わったのは江戸時代から。

「千と千尋の神隠し」の舞台は「湯屋」ですが、当時はお湯をはって浴槽に浸かる施設は「湯屋」、蒸し風呂は「風呂」と区別されていたそうです。

確かに、「風呂」という漢字には、「水」を表す「さんずい」がついていませんね。

「風呂」は「風の呂」

風呂って、「風」の「呂」って書くんですよね。

サウナとは、灼熱のサウナと冷厳な水風呂のセッションで楽しむものと思っていましたが、本書曰く、水風呂代わりに「扇風機=風」でもととのえるらしい。

要は身体を冷やして血管をキュッとしぼればよい。身体を冷やすものがあれば、「水」であろうが「風」であろうが、何だっていい。なるほど。

究極は「外気=風に触れるのが一番理想」。木々を揺らす風を感じ、風に乗ってやってくる木の香を楽しみながらの休憩が最高の環境。

確かに、(最適な季節は短いですが)田舎の温泉宿の露天風呂に入った後、外気に触れながらリラックスする時間は最高に贅沢です。

「ととのうの日常化」の先にあるもの

ととのうの日常化の先にあるもの

タカツキさんは、サウナが日常化の先にあるものを次のように表現してます。

日常化すれば刺激も薄れ、最初に体験したニルヴァーナのような大波は来なくなってしまった。
 
いや、自分が求めなくなったのかもしれない。

穏やかな波で十分楽しめるようになり、今は風に吹かれている。

私も最初のころは、「恍惚ビックウェーブ🌊」にいかに乗るかを追求し、その波が大きいほど「満足」していました。

しかし、ある時から「恍惚ビックウェーブ」を求めなくなりました。今は、休憩時間に呼吸に集中して瞑想する「サウナ瞑想」が日課です。

正直、サウナ瞑想には、あっちの世界に行ってしまうような恍惚感😌はありません。しかし、それでも満足。毎日、サウナに入って、手足が伸ばせる大きなお風呂に入って「あ~、気持ちい。今日も幸せだ」と、心身ともに浄化される解放感を毎日ゆる~っと楽しんでいます。

サウナが日常化すると、みんな、こんな心境に至るんですかね…

最後に

今回は、タナカカツキさんの「サ道 – 心と体が「ととのう」サウナの心得」を紹介しました。

マンガも織り交ぜられているのでさらっと読めます。是非、本書を読んで、サウナの奥深さを垣間見てください!