【書評/要約】紫式部ひとり語り(山本 淳子 著)(★5) 紫式部の偽らぬ"心の伝記"。儚い物語『源氏物語』誕生の背景がよくわかる
紫式部― 名前ばかりは華々しくもてはやされたものだが、その実この私の人生に、どれだけの華やかさがあったものだろうか。
自ら書いた『源氏の物語』の女主人公、紫の上にちなむ呼び名には、とうてい不似合いとしか言えぬ私なのだ。

山本淳子さんの『紫式部ひとり語り』は、人間紫式部の心を、紫式部日記などで描かれた紫式部自身の言葉によってたどった、エッセイタッチの作品です。

紫式部はどのような心の持ち主で、どのような思いを抱いて成長し、やがて『源氏物語』を書くに至ったのか―。

本作を読むと、『源氏物語』という大作を書くことなしに生きられなかった紫式部の人生・人生観が非常によくわかります。一人の女性の生き様を描いた現代小説を読むように、生身の人間、紫式部の「心」を知ることができます。

今回は、本書からの学びをまとめます。

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紫式部ってどんな人:平安系絶望女子

紫式部がどんな人で、どんな人生観を持った人だったのか、そして、宮中ライフはどの様なモノだったのかは、小迎裕美子さんの『人生はあわれなり 紫式部日記』の書評でまとめています。

紫式部は、一条天皇の中宮にして時の最高権力者藤原道長の娘彰子に従える侍女。一見、誰もがうらやむ人生を送った人のイメージがありますが、かなりな不幸を背負った人です。

なぜ、人生を悲観的に見てしまう思考がついてしまった生い立ち、本当は侍女になりたくなかった理由、宮中の人付き合いの難しさ、主人中宮彰子への賛嘆、ライバル清少納言への批判など、紫式部の人生を知る最初の1冊にお勧めです!

以下では、この記事の内容をベースに、より深く、紫式部の生き方・人生観を見つめます。

紫式部日記

紫式部の心の内を明らかにするに当たって、圧倒的にな情報をもたらしているのが、紫式部の手によって書かれた『紫式部日記』と『紫式部集』です。

なかでも注目は『紫式部日記』。完全プライベートな人気ではなく、中宮様への献上品でしたが、紫式部の生涯や感情や思考などが書き記されています。

どのような背景で、源氏物語は生まれた?

【書評/要約】紫式部ひとり語り(山本 淳子 著):なぜ、源氏物語は生まれた?

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日本を代表する女性作家、与謝野晶子の手によって現代語訳された『源氏物語』54帖を全収録

では、『源氏物語』などのような背景のもと描かれたのでしょう。

「源氏物語の登場人物」に自分の人生を投影

源氏物語は、光源氏を主人公とする壮大な愛の物語です。登場人物は500名。登場人物の多くが、ままならない人生に翻弄されます。

紫式部の人生も、「容赦ない世の現実」に見舞われた人生でした。

・母、姉とは幼い時に死別。弟もこれからとときに死亡
・若くして結婚叶わず。晩婚
父ほどの年齢の夫・藤原 宣孝(ふじわら の のぶたか)とも結婚2年で死別
・小さな子供を抱えてシングルマザー

・結果、生活に困窮

藤原道長の命に従い、本当はやりたくない宮仕えを始めたのも、生活のためです。源氏物語の登場人物も、地位がある高貴な身の上ですが、人生はままなっていません。ここには、紫式部の「ままならない人生」が大きく関係しています。

『源氏物語』に最も大きな影響を与えたのは「夫の死」

夫・宣孝との結婚生活は約2年。夫の死は、紫式部にとって、人生最大とも言えるショックでした。「自分の時間が止まったようだ」と述べ、廃人のような生活をしています。しかし、幼い子供があり、死ぬことはおろか、出家もできませんでした。

そして達観したのが「「世」というものの理不尽さ」です。

物事には、始めと終わりがあり、限られたある時間のことを「世」という。
この「限られた」ということの哀しさ。
世は決して永遠ではない。人はどうしようもなく無力でしかないのだ。

このような「無力感」「心の痛み」に耐え、生きていくには、生きる支えとなるものが必要でした。そして生み出されたのが、1000年読み継がれる名著『源氏物語』だったのです。書くことなしに、生きられなかったのです。

紫式部が語る「自分の人生」「自分の身」

【書評/要約】紫式部ひとり語り(山本 淳子 著):紫式部が語る「自分の人生」「自分の身」

紫式部の人生観

私は人生を振り返る。思えばいろいろなことがあったものだ。記憶が雲のようにいくつも湧いては心をよぎる。私は思い出を手繰り寄せる。

私の人生、それは出会いと別れだった。

それにしても私の人生とは、なんとまあ次々と大切な人を 喪い続けた人生だったろうか。思えば、この哀しみから目をそらすまいと決めたことが、私を『源氏の物語』作者、紫式部にしたのだ。それもまた悲しいことだ。だが、これこそが私、紫式部の人生だと考えるしかない。

『源氏物語』の登場人物たちも、過酷な運命を生きています。死別・別れのオンパレードです。華やかに見える主人公・光源氏も、3歳で母を死別。愛した人も複数がなくなっています。

人生は無常。人は別れから逃れられないことが物語を通じて描かれているのも、このような背景があるからでしょう。

誰もが「身を背負う」

限りある一生という「世」に縛られた私は、いつかは死ぬ運命を負っている。寿命の長い短いこそあれ、人である以上誰しもが必ず死ぬ「身」なのだ。

また、「世」が「世間」を意味する時には、「身」はその大きな存在に飲み込まれた私だ。下級貴族階級という「身分」や、女の「身」や、かつては妻であって今は夫を亡くしたという「身の上」である私だ。私は「世」からそのようなものとして見られ、扱われて生きている。

「身」は「世」という現実から決して逃れられない。現実の中で生きているのだから。現実を振り切って外に出ることは不可能だ。人とはそうしたものなのだ。それがどんなに 厭わしい現実でも、夢だと言って逃げる訳にはいかないのだ。

紫式部が考える「身」。なるほど、その通りであり、とても深い言葉ですね。本作の中には、中宮彰子をはじめ、たとえどんな高貴な人であっても、「世」に逆らえなかったことについて、いろいろ語られています。

紫式部の「身」について言えば、現代人から見ると、輝かしいエリート街道を自由に生きた人というイメージがあります。しかし、その実態は真逆です。

詳細はこちらの書評を参照いただきたいのですが、「女性が賢さをひけらかすと、ろくなことにはならない。こと、宮中では」という考えのもと、本当の自分を偽って、仮面をかぶって宮中を生きた人でした。

現代でも難しい「自分らしく生きる」

現代では、「自分らしく生きよ」と叫ばれますが、世の中が進化した1000年後の世界でも、「自分らしく生きられるのはごく一部の人」、しかも「一時」だけです。自分らしく生きているように見える人も、輝かしさの裏には、大きな苦悩・苦労を背負っています。

また、地震・災害・疫病。科学が発達した現代でも、これらから逃れられません。

「世」「身」とは、ままならないもの。まさに、その通りです。

紫式部、人生の最後に

【書評/要約】紫式部ひとり語り(山本 淳子 著):紫式部、人生の最後に

紫式部は、一条天皇が没したあともしばらく主人である中宮・彰子に仕えました。正確な生没年はわかっていませんが40歳ごろと考えられています。

紫式部は、ある時点で自分の人生を振り返り、結局人生とは、小舟のようなものであり、何の抵抗もできぬまま、浮いて流されることしかできないものだった』と回想します。しかし、『それでも生きてゆく。人は生きてゆくのだ』と語るのです。

私は思い出した。私は物語に、こうした思いを書きたかったのだ。
私が『源氏の物語』を書いたきっかけは、夫、宣孝の突然の死だ。宣孝も、観念してあの世に行ったのではなかったに違いない。きっと、もっと生きたいと思いながら死んだのだ。少女の日、私を妹と呼んでいつくしんでくれた「姉君」も、きっとそうだ。私の母も、若くして死んだ実の姉もそうだ。取るに足りない身分に終わった宣孝。ちっとも仕事のできなかった惟規。女たちも皆、本当にちっぽけな存在だ。
だが、それでも生きていたいと切実に願った。誰にとっても「世」は苦しい。生きる「身」はつらいのが当たり前だ。だが、人はそれでも生きたいと願う。
人は皆死ぬ。その当たり前の定めを、一瞬私は忘れていた。だがその愚かさこそが、人というものなのかもしれない。
仏の教える「無常」や「空」という 理 をどう心に置こうとも、死を嘆かずにいられようか。大切な人の命の儚さを思うと、悲しいほど愚かになってしまうのが、人という生き物の性なのだ。だが、私は思い出した。私は死ぬのだ。

最後に

今回は、山本淳子さんの『紫式部ひとり語り』から、人間紫式部の心をを学びました。そして、紫式部の人生観・無常観を知り、なぜ、源氏物語が1000年読み継がれる名著となったのかが、少しわかったように思います。

毎年、NHK大河ドラマでは、いろいろな歴史上の偉人が扱われますが、ドラマを見ながら、関連書を読むと、俄然、ドラマが面白くなります。制作側が、ちょっとしたシーンに込めた意図などにも気づくと嬉しくなります。

また、普段なら興味がわかない偉人の歴史を一人一人増やしていくと、日本史の歴史の見え方も違ってきます。これは、学校の勉強としての歴史では絶対に味わえないことです。

今回紹介の本は、このような興味を持つのにも大いに役立ってくれるはずです。是非、手に取って読んでみることをおすすめします。