【書評/要約】茶の本(岡倉天心 著)(★3) ~日本の美意識がわかる!武士道と合わせて読みたい本
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1906年に美術評論家の岡倉天心が英文でニューヨーク発で世界に発信した世界的な名著「The Book of Tea(茶の本)」
当時、日本では、近代化により、日清戦争(1894年)、日露戦争(1904年)に相次いで勝利し、帝国主義が台頭した時代。急激な西洋化の荒波が押し寄せた明治という時代の中、日本の伝統美術の価値を認め、美術行政家、美術運動家として近代日本美術の発展に大きな功績を残しました人物こそ岡倉天心です。

岡倉天心 出展:wikipedia
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さて、タイトル「茶の本」からは、単に茶道とは何かを説いた本のように思われますが、本書の魅力はお茶にとどまらない日本文化に対する分析・洞察です。茶の歴史・技術はもちろんのこと、日本の住居や習慣、衣服や料理、陶磁器、絵画、そして文学、美意識に至るまで、日本文化全体のありようを説いています。

特に「わび」「さび」に代表されるように、日本人が美しいと感じるのかといった、美意識に関する記述は、日本の心というものが伝わってきます。日頃、茶道には馴染みがない方でも、「日本の美意識」についてはうなづける部分も多く、文書の中に「日本の心」を見るのではないでしょうか。

新渡戸稲造の『武士道』が日本人の道徳・倫理を語るのに対し、岡倉天心の「茶ノ木」は日本人の美意識について語られた書であり、セットにして読むと「日本人とはいかなるものか」がよくわかります。

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お茶の歴史

茶はもともと「薬」として用いられ、8世紀の中国では、優雅な楽しみとして詩に歌われるようになりました。このお茶が、日本において美を追求する宗教――すなわち「茶道」にまで高められたのは15世紀のことです。

茶道、或いは、茶の湯は日常のありふれたものごとの中に美しさを見出して崇拝する、倫理・哲学も一体となってとして発展を遂げました。この、茶道の本質は「不完全さ」を崇拝し楽しむこと。単に理路整然とした均整が美しさではありません。人と自然の調和を大事にします。

16世紀以降、重要な役割を果たした「お茶」の世界史歴史

1610年:オランダ東インド会社の船がヨーロッパに初めて茶を持ちこんだ。
1636年:フランスに伝わる
1638年:ロシアに伝わる
1650年:イギリスへも伝わり、「ティー文化」へと発展

やがて、お茶は生活必需品から「税金」を課税対象へ。そして、
1773年:ボストン茶会事件
といった、物騒なですが、非常に意義ある事件にもつながっていくのです。

ボストン茶会事件とは、イギリス本国議会の植民地政策に憤慨した植民地人がイギリス東インド会社の船荷である茶箱を海に投棄した事件。植民地の抑圧に耐え続けていたが、茶に対する重い課税に、堪忍袋の緒が切れ、それが、米国のイギリスからの独立につながっていくのです。

「お茶」の日本史

では、日本ではお茶はどのように発展したのか?
8世紀、遣唐使によりお茶が日本に伝来。その後、中国の道教の教義を多く取り込んだ南宗禅の儀式が、15世紀に日本において茶の湯へと発展・定着しました。茶室が質素で清潔なのは、禅寺を手本としているからであり、禅の心得のもとに「茶の湯の精神」が発展しました。

日本最高の茶人「千利休」

さて、茶道といえば、我々がまず思い出すのは「千利休」でしょう。
利休は 16世紀、信長、秀吉という2人の天下人に仕え、茶道千家流の始祖となった日本最高の茶人です。最高の茶の作法を生み出す功績を上げる一方、最後には大幸秀吉の命により「切腹」自害することになるのです。

政治利用される茶道

さて、信長、秀吉という天下人と強く結びついた「茶」は、単に「飲み物」や「作法」でとどまることはありませんでした。
時の権力者に政治利用されるようになるのです。信長は「茶会を開く権利」「茶器・茶道具」そのものをステータス化することにより、勝利の褒美として広大な領地をもらうことより、権利や美術品を当て得られることに価値をつけたのです。これにより、秀吉の時代には、勝利の褒美として広大な領地をもらうよりも、珍しい美術品をもらうほうを喜んだといいます。

信長という人物の、頭の良さには感服しますね。

利休切腹

利休と太閤秀吉との間には長い友情があり、秀吉の利休に対する評価は高いものがありました。しかし、裏切り満ちた、近親者でさえも信じることができない時代においては、それが最後までは続きませんでした。

利休は権威におもねるような人間ではなかったから、秀吉という気性の荒いパトロンとの議論でもしばしば平気で異なる意見を言いました。しかし、これにより秀吉と利休の間に溝に加え、利休をこころよく思わぬ者たちが秀吉を毒殺する陰謀に利休が加担と囁いたことで謀反の疑いをかけられるのです。

結果、利休は切腹。切腹当日、茶会後が開かれましたが、会終了後、利休は茶会服を脱ぎ、純白の死装束になったうえで、非常に激しい「辞世の句」を詠み切腹ました。

「人生七十 力囲希咄 吾這寶剣 祖佛共殺 堤る我得具足の一太刀 今此時ぞ天に抛」

訳は難しく難解で、人によって異なるようです。

【参考】マンガ:へうげもの

マンガ「へうげもの」でも、このシーンが描かれているので、ご覧になられてみてはいかがでしょうか。

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【参考】映画:花戦さ

戦国時代末期、生け花の名手 池坊専好が時の天下人・豊臣秀吉に一世一代の大勝負を挑む時代劇。この作品の中には、秀吉と千利休の確執、死罪に至るまでも描かれています。黒の漆器を愛した千利休の生き様など、見てみてはいかがでしょうか。Amazon Prime会員なら無料で見れます。

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曲がる美意識

茶の木の中には、美術を愛する岡倉天心の嘆きの意見も記載されています。

美術品には人の心を打つ力があり、時代を超えて私たちに共感を当てます。しかし、芸術愛好熱は一見盛んなように見えて、実のところそれが自分の正直な感情に根ざしていないことである。この民主主義の時代においては、人びとは自分の気持ちはそっちのけで、世間がこれはいいと認めるものだけを求めて騒ぎ立ててる。
 
彼らが欲しがるのは値段の高いものであって、洗練されたものではない。 流行りのものであって美しいものではない。
 
初期イタリアや足利時代の芸術家たちの作品を見て感心しているふりをしてはいるが、実のところそれよりも、彼らにとっては、作品そのもののできよりも、それを作った作家の名前のほうが重要なのだ。

現代社会ではそれがさらにヒートアップしていますよね。1枚の絵が100億円とか、私にはついていけません。

最後に

今回は岡倉天心の「茶の本」のごく一部について紹介しました。博識な岡倉天心によってまとめられた本書を読むと、お茶を軸として、広い日本の歴史についても学ぶことができます。

最近は、山口周さんの本の影響もあり、「美意識」というものが大事にされているようにも思います。是非、明治時代に書かれた岡倉天心、そして日本の美意識について、学んでみてはいかがでしょうか。

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岩波文庫は難しくて読めない!という方は、マンガで読破してみよう!面白く読めます。

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