【書評/要約】現代語訳 風姿花伝(世阿弥 著、水野聡 翻訳)(★4) ~芸だけにとどまらない教育書・生き方の本!

世阿弥の残した、能と向き合う姿勢をまとめた書「風姿花伝」。その姿勢や物事を見る目が現代人にも通ずる普遍性を持つことから、現代人でも愛読者が止まない名著です。

本書が特に素晴らしいのは、世阿弥の教育者、親としての教育論・人生論。決して舞台・芸術など「芸」に通ずる人たちだけが対象ではありません。人生に対する深い洞察をもとに書かれた本書は、現代を生きる私たちにも、「いかに生きるか」「いかに年老いるか」を教えてくれます。

まさに、万人に読んでほしい名著。『風姿花伝』の第一章「年来稽古条々」だけでも読むことをおすすめします。

なお、「現代語訳 風姿花伝」は、「ワイド版岩波文庫 風姿花伝」 を底本とし、水野聡さんが現代語訳に訳されたもので、非常にわかりやすくすらすら読めます。

今回は、世阿弥が生きた時代背景を明らかにした上で、本書のポイントを解説します。

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世阿弥の波乱の生涯

日本の年表
出展不明
日本の年表(詳細)

人生前半は輝かしい

世阿弥が生きたのは南北朝時代。1363年、大和四座の人気スターであった観阿弥の長男として「生」を受けました。

11歳の時、今熊野で父・観阿弥と供に獅子を舞ったことがきっかけとなり、世阿弥は一躍人気役者に。この時、若き将軍足利義満に出会い、以後、彼の寵童となります。

人生後半は苦境に

しかし、成長した世阿弥を悩ませたのが後継者問題。長らく子供ができなかったために取った養子と、その後生まれた実子の間の後継者問題に苦しみます。
パトロン足利義光が急死、そして、次の将軍義持・義教の寵愛を養子・音阿弥が勝ち取ったことで、世阿弥と実子は厳しい立場に置かれることになりました。

その後、最晩年には都から追放され、佐渡に流されるなど、厳しい晩年を過ごすことになりました。

能の歴史

世阿弥と能

「世界最古」といわれる日本独自の舞台芸術と言われる「能」は、 推古天皇の 御代、聖徳太子が 秦河勝 に命じて創作させました。①天下安泰のため②諸人娯楽 のために、六十六番の演目を構成し、申楽と名付けたのが始まりです。

世阿弥 7段階の教育論・人生論

風姿花伝の第一章「年来稽古条々」で語られているのが世阿弥の教育者、親としての教育論・人生論です。以下の7段階に分けて、教え方、生き方を説いています。

①少年前期(7歳頃)

基本以外やらせては行けない。込みいった物真似は、たとえできたとしても、まだ教えるべきではない。

②少年後期(12~13歳頃)

この時期特有の姿・声の美しさがある。能への自覚もできてくるので、順を追い曲の数々を教えるべき。ただし、それはその時だけの「時分の花」。基本の技を大事に稽古せよ。

③青年前期(17~18歳頃)

声変わりという第一の難関がやってきて、愛らしさがなくなる。
一生の分かれ目は今ここだと死ぬまで能を捨てない覚悟をかためるほかはない。ここでやめてしまえば、能はそのまま止まってしまう。

④青年後期(24~25歳頃)

声変わりも終わり、身体も一人前となり、この頃、生涯の芸風が定まる。ただし、達人であるかのように勘違いしてはいけない。

⑤壮年期(33~34歳頃)

この年代の能は盛りの絶頂期。もし究めていないとなれば、40より以降、能は下がる。この年代で極めていなければ、天下で認められることはない。そのターニングポイントの年代と認識せよ。

⑥中年期(44~45歳頃)

頂点は過ぎ、衰えが見え始める。この時期でも「花」が失せないなら「まことの花」であるが、あまり技巧をこらさず、自分の得意とすることをすべきである。
また、この時期、もっとも大事なのは後継者の育成。自分は一歩退き、育成に力を入れるべきだ。

⑦高年期(50歳以上)

もう何もしないのがいい。それでも本当に優れた役者なら、そこに「花」が残る。

以上が、世阿弥の教育・人生論です。
能の命は「花」にある。花の失せてしまったことも悟らず、元の名望にのみすがり続けては行けない。その年代に応じてやるべきことがあり、それにチャレンジせよと、教えてくれているのです。

最後に

今回は、世阿弥の名著「風姿花伝」を紹介しました。
能の舞台を一度も見たことがない私にも、いいものは時代を超えて、人の心に刺さります。

もっともっと時代を超える名著を読んでいきたいと思わせる一冊となりました。