【書評/要約】むらさきのスカートの女(今村夏子 著)(★4) 冒頭から引き込まれて一気読み!ベストセラー!芥川賞受賞作

公園のベンチでクリームパンを食べる「むらさきのスカートの女」はちょっと変わった女性。
〈わたし〉は、「むらさきのスカートの女」が気になって仕方がない。日々、彼女を観察しています。

この小説では、〈わたし〉のを通じて、「むらさきのスカートの女」の素行・振る舞いが語られていくのですが、ストーリーの描き方、ストーリー展開が独特。冒頭から読者はストーリーに引き込まれます。

読者は、「むらさきのスカートの女」に興味を持ち、話を読み進めるうちに、次第に、〈わたし〉の執拗で変質者な観察ぶりに気づかされます。そして、「一体〈わたし〉って何者なのだ??」と、〈わたし〉に対する謎を知りたくて、知りたくて仕方なくなってしまうのです。

私も二人の女性が気になって、一気読みしてしまいました。本書を手に取り、ページをめくればあなたもお話に引き込まれていくに違いありません。最後の最後には謎が「ゆる~く」溶けるのですが、そこで、ふむ🤔と考えさせられ、再び、部分的に再読したくなります。

さすが、161回芥川賞受賞作。面白いです。そして、考えさせられます。今回は、小説「むらさきのスカートの女」の感想です。

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むらさきのスカートの女:あらすじ

むらさきのスカートの女:あらすじ

むらさきのスカートの女」と呼ばれる女性が気になって仕方のない〈わたし〉は、彼女と「ともだち」になるために、自分と同じ職場で彼女が働きだすよう誘導し……。
ベストセラーとなった芥川賞受賞作。文庫化にあたって各紙誌に執筆した芥川賞受賞記念エッセイを全て収録。
――Amazon解説

「むらさきのスカートの女」は底辺層の女性

〈わたし〉は、「むらさきのスカートの女」が気になって仕方がない。しかし「むらさきのスカートの女」はかわいい・美人などモテるタイプの女性ではありません。むしろ、全くその逆です。最初はお金がなくて、不潔感が漂うほどです。

「むらさきのスカートの女」は、お金があるうちは働かない。とうとうお金に困ると、アルバイト雑誌をコンビニでもらってきては職探しをするような金銭的には底辺層に生きる女性です。そして、公園のベンチに座っていると、小さな子供にちょっかいを出され、からかわれてしまうような女性です。

彼女を自分より下にみる〈わたし〉

「むらさきのスカートの女」をストーカーのように観察する〈わたし〉は、最初はどんな人物なのかさっぱり描かれません。しかし、〈わたし〉の語り口から、「むらさきのスカートの女」を自分よりも下に見ています。そして、下に見つつも「彼女と友だちになりたい」と思い、様々な妄想をしています。

そして、彼女が自分と同じ職場(ホテルの清掃員)で働きだすよう、誘導していくのです。

〈わたし〉の方が変じゃない???

このあたりまで話を読み進めると、読者は、〈わたし〉の異常性が気になり始めます。

〈わたし〉は、なぜ、執拗に「むらさきのスカートの女」を観察するの?
どこに、彼女をそこまで詳しく観察する時間があるの?あまり働いていない??
なぜ、友達になりたいなら、素直におともだちになろうと言えない?
そもそも、「むらさきのスカートの女」より、〈わたし〉の方が変じゃない?

一体、〈わたし〉は何者――― ?

読者の頭に、様々な疑問が出てきて、ますます、ストーリーに引き込まれていきます。

むらさきのスカートの女:感想

むらさきのスカートの女:感想

ここからは、本書の感想です。※やんわりとネタバレを含みます。

取り上げる題材が独特

私が、今村夏子さんの作品を読んだのは、カルト宗教2世 として生きる少女の戸惑い・不安を描いた作品「星の子」に次いで2冊目です。

「星の子」を読んだ時も、「カルト宗教2世」というテーマから、重たい内容を想像したのですが、飄々&乾いた表現で重苦しさがありません。不思議な作風の作家さんだなぁと思ったのですが、本書でもその作風は健在。

ストーカー・変質者が主人公でありながら、表現は軽いタッチ。。コミカル・ブラックユーモア的でもあります。読者は、今村さんのストーリーの構成力の罠にどっぷりはまってしまいます。

「わたし」に巣くう「闇」

ストーリーは軽いタッチで展開するにも拘わらず、徐々に明らかになっていく、〈わたし〉に巣くう「闇」。

その「闇」はわかりやすいストレートな表現では描かれません。しかし、社会の病巣とも言える「孤独」「貧乏」が彼女の心に巣くっており、それが歪んで、執拗な変質者という形で表れていることに次第に気づかされます。

「むらさきのスカートの女」も、社交的なタイプではありません。しかし、仕事であれば、それ相応のコミュニケーションをとることはでき、教えられた仕事はテキパキこなせるタイプです。

むしろ、問題なのは、〈わたし〉。〈わたし〉は、「まともに仕事もできない問題のある社会人」であることが、最後の最後に、明らかにななります。

「むらさきのスカートの女」以上に、孤独で、お金・人生に悩み、その結果、歪んだ考え・行動・人生の持ち主になってしまった〈わたし〉。

〈わたし〉が現代社会を覆う「孤独」「貧困」が生み出す問題人物・問題行動の「メタファー」なのではないでしょうか。

オチについて自分なりに考えてみよう

読者によっては、本書を読み終えて、最後の結末(オチ)にわかりやすさを感じて、誰か説明してくれ!となるかもしれません。

『むらさきのスカートの女』は、その冒頭から読者を引きつけてやまない作品であるが故に、そのオチの淡白さに物足りなさを感じてしまう人もいるだろうと想像します。

しかし、その「淡白なオチ」の示していることが何なのか、自分なりに考えてみるのが、本書の面白さであり、小説を味わい尽くすということにつながります

世の中の底辺で、誰にも期待されず、むしろのけ者とされれば、単に孤独ではすまず、人は卑屈になっていきます。
金銭的に、生きていくのに困り、借金に苦しむようになればば、益々、考えも行動も歪んでいきます。そして、それが、様々な犯罪につながっていくことも多々あります。

本書で描かれる犯罪は、犯罪の中ではライトです。だからこそ、現実社会の中にも、同じような人はたくさんいるとも言えます。本書で描かれる〈わたし〉の歪みはも、その一つの形であり、自分にもその歪みの要素は眠っているのだろうと思います。

最後に

今回は、今村夏子さんの芥川賞受賞作むらさきのスカートの女」のあらすじと感想を紹介しました。

良い小説は、感動や面白さ以上にいろいろなことを与えてくれます。何を読んでいいか分からなければ、賞受賞作を読むのは、いい方法です。以下の記事では、芥川賞・直木賞受賞作を安く読む方法を紹介しています。是非、チェックしてみてください。