私って集中力ない…と嘆く方は多い。

それは、集中力はあればあるほど有利になり、何事かを解決したり、達成したりするために必須の重要な能力と多くの人が考えているから。

でも、集中力を疑ってみる必要があると意見するのが本書の著者 森 博嗣さん。

「集中力」と言うと聞こえはいいですが、現在、求められている集中力とは、脇目も振らず作業を続ける「機械力」ではないのか?そんな能力は、AI・ロボットが進化すれば置き換えられてしまう能力ではないか

むしろ集中しないことで、機械にはできない人間本来の能力を発揮することができるのではないかと、論を展開されています。

ハッ、ドキッとさせられることが多い、良書です。

集中の原動力

「集中」の原動力は「好奇心」。

面白いから集中し、楽しいから没頭します。素直な子供は自分の頭脳が求めるものに集中し、すぐに別のものへ移っていきます。

しかし、大人はどうか?

同じことを(我慢してでも)続けることが「集中」と思っていないでしょうか?子供がすぐに次のことをし始めるのを見て、「集中力がない子だ」と思い、行動を強制していないでしょうか?

なぜ、集中しなさいと要求されるのか

これまで社会が人間に「集中しなさい」と要求したのは、結局は、機械のように働きなさいという意味だったのだから。

与えられたことを、黙々と作業することを求めていたらです。この作業には、「考えること=発想」は要求されていません。

著者自身、集中力を否定してはいません。しかし、「集中に向いているものと、そうではないものがある」があり、中でも向いていないのが、「考えること、発想すること」です。

AI・ロボットの発達により、作業は彼らが代替してくれる今、そろそろ、要求自体が意味を失っている時代にさしかかっているのではないか?と指摘します。

発想には、分散する思考が大事

「集中」に対比する言葉といえば、「分散」や「発散」です。

発想には、気ままに分散する思考こそが大事であり、それが、AIにはなく人間に備わる能力です。

しかし、現代人はどうか?とにかく考えなくなっています。

それは、ググればなんでもわかってしまうから。昔のように情報入手が難しい時代は「考えて答えを出す」ことが求められましたが、今の時代はそんなものは必要なく、スマホがあれば解決してしまうからです。

世論は、単純な人間は、大きな声、わかりやすいもの、強い意見、自分にとって利益があるものになびきがち。これも、考えてないからです。賢い人間なら、少なくとも何が正しいかを考えるぐらいの複雑さを持っています。

集中力はいらない (SB新書)

試行しなくなった現代人

いや、そんなことはない「私は常日頃から考えている」と意見する人もいるでしょう。

しかし、普通の人が「考えた」と言っている行動のほとんどが、世間の常識とか、知識に照らし合わせた、そこから選択しただけ。実は思考はしていません。

日常生活では、人はほとんど考えないのです。頭を使うことはとてもエネルギーが必要で楽ではないのです。

だから、考える人が一歩リードする

上記背景があるため、社会においては「考える人」が格段に有利になります。

仕事で成功し、周囲に認められ、社会的にも良い立場に立てる結果、自分の好きなことがしやすくなります。

つまり、「自由」になれるのです。

考える人が優位に立てるのは

成功者は、その時代の中にあって誰よりも早く新しいものを生み出した人たちです。

彼らのことを、一つのことに集中して一心不乱にやり遂げられたように語られることは多いですが、実はそうではありません。

あらゆるものを検討し、既存のものに集中せず、柔軟に対応した結果です。

そこにあるのは、「集中」ではなく「分散(的な思考)」です。

問題解決に必要なのは、「分散思考、発散思考」であり、そこから何らかの発想を得て、その後、集中思考で問題を解決していくのです。

Chamiの感想

仕事に集中いるつもりでも、それは会社の社畜となり作業をしているだけではないか?
以下の記事含め、ドキッとさせられます。

私は考えて生きているなんて、自信を持っていえなくなりました。う~ん。アウトプットの出し方を考えねばダメですね。

集中力はいらない (SB新書)

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