【書評/要約】人間とは何か (マーク・トウェイン 著)(★5) 超良書!人間の本質を鋭くえぐる
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マークトウェインは、「トムソーヤーの冒険」「ハックルベリー・フィンの冒険」などの少年小説を書いたアメリカ文学を代表するユーモア作家です。
今回紹介の著書「人間とは何か」は、トウェインの晩年の作品ですが、超絶、ペシミスティックで厭世主義な内容です。

胸躍る冒険物語を書いていたトウェインが、なぜこれほどまでに人間に対して悲観的なモノの見方をするようになったのか?一体何が、彼の世界観・人間観・人生観を大きく変えたのか?と疑問を持ってしまうほど、ペシミスティックな内容です。しかし、「悲しいけど、これは真理だ。人間の本質だ…」と思わざるを得ない言葉が多数ちりばめられています。

今回は、本書「人間とは何か」から、私なりにつかみ取った「人間の真理」について、まとめてみます。


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本書の構成と趣旨

本作品は、最初から最後まで一貫して、老人と若者の対話のみで構成されています。

倫理、道徳、名誉、自尊心、自己犠牲といった美徳を信じている若者を相手に、老人は自分の思う「人間という生き物」について、ときにはユーモラスに、ときには辛辣に、ときには皮肉たっぷりに、自分の論を展開します。

その内容の趣旨を本書の解説者である翻訳家の金原瑞人さんは以下のようにまとめています。

人間(の心)も動物(の心)も機械だ。人間にも動物にも真にオリジナルな物など作れはしない、すべては昔からのコピーの累積だ。人間が自由意志と錯覚しているものは自由選択に過ぎない。人間の行動の根本原理は自己満足である。

以下では、上記言葉を分解して解説。その他、老人の言葉の中に私なりに見つけた「真理」をまとめてみたいと思います。

人は外部からの影響力によって作られる

人間というものは、外部からの影響力のみにより作られる。人間が自分で生み出すものは何一つない。一つの意見、ひとつの考えさえ生み出すことはできない。

「人間は機械である」という主張の核となっている主張の一つが、人は、自分では何も生み出すことはできないという点です。

人類は文明を進化させ、新しいものを生み出してきたのにどういうこと?って思いますよね。

でも我々が新しい考え方を身につけたり、いつの間にか新しい信念をもったり行動したりするときは必ず、その衝動は いつも外部 から新しい刺激が与えられたときです。そして、自ら考えたように思うことも、結局、いつだって、受け売りの考えであって、真に新しいものを生み出したわけではありません。すべては昔からのコピーの累積でしかないのです。

いわゆる私たちが「発明」などと言うようなものも、人が観察、推論したものを記憶し貯え、それらを熟考し、それらに何かを付け加えて組み合わせたものです。つまり、やっぱり、コピーの掛け合わせなのです。

たしかに、私たちが新しく生み出したと思っているものも、確かにコピーに過ぎないかもしれない。
 
しかし、人・情報から刺激を与えられない限り、確かに、自分は進化しないし、成長もない。外部からいい影響を得ようと、人と話す、読書をするといった行為は極めて重要!
chami
chami

人の動機はあくまで「自己を満足させるため」

人は死ぬまで一つのことしかしない。それは、「自分自身のため」「心の平和、精神の慰安を確保する」ためにしか生きていない。
人間のもつ「唯一絶対の衝動」は、「自分自身の精神を満足させる」ことだ。

人は、倫理、道徳、名誉、自尊心、自己犠牲といった「美徳」を持っていて、これらを基本的な指針として人は生きていると、本書の若者同様な考えを、多くの一般的な人は思っているのではないでしょうか。

しかし、老人は言い切ります。「人間の行動の基本原理は自己満足であって、他人のことは2の次だよ」と。

例えば、自分が死ぬかも知れないのに火事の中から老婆を救おうとしたら、人はその人を褒めたたえますよね。

しかし、老人曰く、そんな行動を起こしたのも1番の理由は、自分自身の精神を満足。老婆の 苦難を救ってやることは2の次です。なぜって、助けなければ、助けなかった自分に苦しむことになるよね。そうならないために助けたのだと。

また、母親が自分が自分が飢えても子供に食べ物を与えようとするのも、自己満足、幸福感、平和、慰めといった報酬があるからです。

一方で、守銭奴が母親のような「人を守る・助ける」といったことをしないのも、それよりも1000倍も幸福感が得られるからです。

さらに、私たちが「義務」というのを守るのも、義務のためではなくて、義務を怠ったりする と、その人間が 落ち着かない気分 になるから。つまり自分のためなのです。

悲しいけど、真理かも…
chami
chami

物質的な欲望は存在しない

物質的な欲望は存在しない。あるのは精神的な欲望のみである。

私たちは「お金が欲しい」と思っていますよね。

このとき、「お金」は目に見えて触れる物質的なモノだけれど、お金は単なるシンボルにしかすぎません。目にみえる具体的なモノで 精神的な欲望を示しているだけです。

あなたがその金を欲しがるのは「その金そのもの」のためだと思っていると思いますが、あなたが金を欲しがる本当の理由は、それがもたらしてくれるはずの精神的な満足のためです。
これは、お金に限らず、例えば「帽子」だって同じ。それをかぶったら素敵に見えそうだから欲しいのです。だから、一緒にショッピングしていた友達が、同じ帽子をみて「これ、センスないよね」と言ったら、欲しくなくなります。

人間が自由意志と錯覚しているものは自由選択に過ぎない

私たちは「自由意志」をもっていると思っています。しかし、それは、自己を満足させたり、自己を救おうとする「選択」をしているに過ぎません。あくまで、人間は機械であって、自分の自由意志など存在しないのです。

最後に

今回は、マークトウェインの「人間とは何か」を紹介しました。

人間が機械だなんて、非常に悲しい考えに思えますが、その老人と若者の対話の中には、「あ~、これ、真理だなぁ」と思うことがたくさんあり、老人の言葉にドキッとさせられました。
太宰治の人間失格は作家本人が身を削り、苦悩して書いただろう本ことが容易に想像できる本ですが、本書もそれに通ずる、作家の苦悩がにじみ出ているような本でした。