【書評/要約】ブッダが教える愉快な生き方(藤田一照 著)(★5) 真の学びは、生きることであり、変わること。豊かな成長を愉しもう
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愉快とは―― 活き活きと元気に、自分の生きていることそのものが快く、自分の魂を感じていられる状態。単なる「楽しさ」よりも、さらに存在の深いところで味わえる、「身体に根ざした悦び」のこと。

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ブッダは、ハウツーを学ぶ修行、頑張る厳しい修行をすべて放棄した後に、座禅によって悟りに至りました。

禅を通じて、今まで築いてきた余計なものを削ぎ落し、もっと大事な本質に目を向けて、「学び、変わる」。

著者の藤田一照さんは、このブッタの生き方に、「真の学び」「愉快な生き方」がヒントがあると述べます。

今回は、著書「ブッダが教える愉快な生き方」に、「学び方」と「愉快に生きるヒント」を学びをまとめます。自分の学び方を再考する、大きな気づきがありました。

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ブッダはいかにして悟ったか。何に気づいたか

【書評/要約】ブッダが教える愉快な生き方(藤田一照 著):ブッダはいかにして悟ったか。何に気づいたか

「真の学び」「愉快な生き方」について理解するには、ブッタについて知ることが欠かせません。まずはそこから見ていきましょう。

ブッダの転機

ブッダ(生まれたときの名はシッダールタ)はもともと裕福な家庭に生を受けます。そして、17歳ぐらいで、一族の長老たちが選んだ相手と結婚し、子どもをもうけました。愛する家族もいて、将来も安泰。このまま与えられた人生をまっとうすれば、何の苦労もないはずでした。

しかし、人間が生きていく上で避けることのできない、「老・病・死」を自覚します。そして、29歳の時、家族を捨て、出家。老・病・死の苦しみを解決する道、人生の真理を学ぶ厳しい修行を始めました。

まず、ここで理解しておきたいことは、「ブッダの仏教の出発点には、生きることが苦悩であるという大きな問題の自覚があった」ということです。

瞑想・苦行を経て、打坐へ

シッダールタは、、出家。老・病・死の苦しみを解決する道を探すにあたって、当時、大事たと言われていた2つの修行「瞑想」と「苦行」に取り組みました。

まず最初に取り組んだのが、心からアプローチを試みる「瞑想」。しかし、瞑想のメソッドを学んでも、深い悟りは得られませんでした。そこで、次に肉体をいじめ、さいなむことによって精神を浄化しようとする身体からのアプローチ「苦行」を行いました。

しかし、瞑想は心、苦行は体を意志によって、自己をコントロール(統制)する方法であり技術。統制をやめたら、効果は消えてしまいます。ブッダは、修行を通じて、「統制する技術の習得だけでは何も解決しない」「求める安楽の境地などない」ことに気づきました。

煩悩に気づく

意志によって身心を統制方法の限界に気づいたシッダールタは、「頑張る修行」をすべて放棄した後に、座禅を始めます。そして、その結果、35歳で「悟り」を開きました。

その悟りとは、「人には煩悩があり、それが人を苦しめる要因だ」ということです。

私たちの多くは、煩悩に乗っ取られそうになったとき、リアルタイムでそれに気づけません。だからこそ、煩悩に簡単に心を操られ、振り回され、幸せでなくなってしまいます。しかし、ブッダはその煩悩の存在に気が付きました。人間を道から踏み外させる衝動「煩悩」に気づいて鎮めることができれば、心を乱さずに愉快に生きることができることを、生き様で示したのです。

苦しみは乗り越えるのではなく、受け入れて生きる

生老病死」とは仏教由来の言葉です。ただ、「生きる、老いる、病む、死ぬ」ではなく

生苦:生きる苦しみ
老苦:老いる苦しみ
病苦:病む苦しみ
死苦:死ぬ苦しみ

人生で避けることができない根源的な4つの苦しみのことを意味する言葉です。生老病死の苦しみを含みは、どんなに頑張っても乗り越えられない、「思い通りにならない」ことの代表です。この生老病死、何とかコントロールしてやろうという統制では苦しみを乗り越えることはできません。

大事なのは、「苦しみを乗り越える」「生老病死それ自体をなくすこと」ではなく、それを「深く理解し、受け入れて生きる」ことでした。

禅と学び

【書評/要約】ブッダが教える愉快な生き方(藤田一照 著)

仏教の中の一つ「禅」というと、厳しい修行を思い浮かべる人も多いと思いますが、禅とは、座禅という実践を重んじて、今まで築いてきた余計なものを削ぎ落すことで、最も大切な「本質」に目を向けることです(著書「ビジネスZEN入門」より)。

「学び方」も、生きるために必要な本質的な行為です。

本来の学び方

私たちは生きていくうえで「学び」が必要です。

本来、「学びたい」という欲求は、「未知」に対する深い驚きがなければ起こりません。「自分は知るべきことをまだ知らない」「わかっていない大事な問題がある」という洞察があって、初めて探究が始まります。現代を生きる私たちにとっても、「知っていると思っている世界」は現実のほんの一部分にすぎません。ほとんどは未知の、コントロールできない世界です。

この未知への探求を実践しているのが「赤ちゃん」です。生まれたばかりの赤ちゃんは、好奇心を持って周囲の物事に触れるうちに、いろいろなことを自然と身につけていきますよ。そこには、本人に学ぶという意識があるわけではありません。しかし、すべての活動が学びとなり、赤ちゃんは成長していきます。自然な学び「オーガニック・ラーニング」です。

赤ちゃんの学び

赤ちゃんは、「生きることは=学ぶこと」「学ぶことは、変わること」を実践して、日々成長します。成長すれば、未知のものに出会うことで自分の世界が拡張され、豊かになります。

それが、すなわち喜びです。人間は「学ぶ喜びを味わうために生まれてくる」とも言えます。

私たちはなぜ学ぶのか

「赤ちゃんの学び」に対して、「大人の学び」はどうでしょうか?

大人になると「生きること」と「学ぶこと」が分離します。そして、学ぶことが苦痛になります。

現代社会では、「学ぶ」にも大きく損得が絡んでいます。いい大学に行き、いい仕事につき、さらに年収を上げるために資格を取るといった具合です。そこにあるのは「ハウツー」を頭に刻み付けることです。「何かを求めている」のでそこには必ず緊張が生じます。

ここには、「赤ちゃんの学び」のおおらかさはありません。これでは、思いもよらぬ面白いことが起きていても気がつきません。貧しい学びしかできません。

私たちは、何のために学ぶのでしょうか。

経済的に豊かになるためだけではありません。何よりも豊かな成長のためです。学びには成長の喜びがあるからです。そういう学びの道を見つけることができれば、ブッダのような「愉快な生き方」に近づけます。

愉快な生き方につながる「学び方」

【書評/要約】ブッダが教える愉快な生き方(藤田一照 著):愉快な生き方につながる「学び方」

では、愉快が自然と沸き上がるようにするには、どのような姿勢で学べばいいのでしょうか。

ポジティブに「受けたもう」

私たちは問題や困難に出会うと、「闘う」や「逃げる」という本能的なリアクションを起こしがちです。しかし、ブッタは第3の方法として「受けたもう」ことを提案します。

「受けたもう」は、自分に起こった・起こってきたことをすべてギフトとしてありがたくいただくという、とてもポジティブな態度です。

例えば、仕事の場合、働かされることは辛いですが、「自発的に働くことは楽しくありませんか?嫌だと思っても、受けたもうて、自分から動く、自分から出発する姿勢で、人生の感じ方は変わります。

感情で悩むのではなく、現実を直視し動く

私たちは、悩み、考えると動けなくなりがちです。感情が「主」になってしまうのです。

本来、主は私自身。思考や感情などの悩みを、単なる心の中の出来事として、それ以上でもそれ以下でもなく、そのままに置いて、動くことをメインにすべきです。

学ぶことは変わることです。身体をリラックスさせて動きへ、心を内閉から開放させる変化を起こしましょう。

執着しない

幸せの公式「幸せ=快感÷執着」をご存じでしょうか。この式は、もっと欲しいと執着の度合いを上げると、幸せが割り算で小さくなってしまうことを示しています。つまり、幸せになりたいなら快感への執着を減らすことが大事です

人生を愉快に生きるためには、自分の中に立ち上がってくる「執着(煩悩)」を識別し、それらを減らす術を心得ておくことが大切です。それを実現してくれるのが、「受けたもう」な姿勢です。

最後には

今回は、藤田一照さんの著書「ブッダが教える愉快な生き方」からの学びを紹介しました。

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本書の最大の教えは、豊かに生きるには、探求心を持って赤ちゃんのように学び、成長することがとても大事だということです。

損得を源とする学び・ハウツーだけでは、豊かに生きることはできません。どうしても、現代人は、「学びの根源」に損得が絡みがちです。

私も昔は小説など一切読まずに、ビジネス書・実用書ばかり読んでいました。今、小説などを読み始めるようになって、気持ちが豊かになり、気づきが増えたことを実感しています。そして、私にとっては「旅」は最大の学びの場。赤ちゃんの学びが自然とできる場です。読書でも、旅行でも、日常生活においても、ワクワクしながら学び続けたいと思います。