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私は週の5,6日間、サウナ、水風呂を終えた整いタイムに我流で「サウナ瞑想」をしています。

サウナ瞑想といっても、特に特別なものではなく、サウナで整うまでの時間に「過去・未来のことを考えず」、「呼吸に集中」するだけですが、整い効果も相まって、心地よいリラックスとともに、頭もすっきり、気持ちも前向きになります。

最近は、スティーブジョブズやGAFAMなどでの研修効果などが世界的に広がったことで、ビジネスマンでも、マインドフルネス瞑想や座禅を行う方が増えましたが、マインドフルネス瞑想と禅は何が違うのでしょうか?

常々、疑問に思っていたのですが、納得のいく答えが、松山大耕さんの著書「ビジネスZEN入門」にありました。
大いに納得できる内容だったので、そこからの気づきをまとめておきます。

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禅、マインドフルネスのルーツ(歴史)

禅、マインドフルネスのルーツ

マインドフルネスはルーツが全く異なります。

禅のルーツ

禅のルーツは、2000年前にインドで生まれた仏教。その後、中国を経て、鎌倉時代に日本に伝わった大乗仏教の禅宗が、日本で新たな形で「禅」として大成したものです。

この禅は、時代のリーダー、武将、侍、さらに近代では政治家、経営者、アスリートなどに趣向されて来ましたが、現代ではスティーブ・ジョブズ氏が禅に傾倒していたのは有名なお話です。

マインドフルネスのルーツ

一方、瞑想は、あぐらをかいて、目を閉じて心を落ち着けるなどの行為全般で、これはブッダの時代からありました。

これがマインフルネス瞑想として、注目を浴びるようになったのは、Googleがっ社員研修に導入し、社員の脳疲労、ストレス緩和、集中力の強化などで高い成果を出したことが、世に広まったからです。姿勢もあぐらである必要はなく、より実践しやすくなっています。

禅とマインドフルネス、違いは何か?

禅とマインドフルネス、違いは何か?

禅もマインドフルネスも、初心者からみると、心を無にする行為としては同じに見えます。しかし、その目的・本質は全く異なります。

禅はLoose、マインドフルネスはGainが目的

ビジネスZENの著者松山さん曰く、禅は「ゲイン(gain)」、つまり、何かを得るための手段ではなく、「ルーズ(loose)」、失うためのものだと言います。

マインドフルネスは、脳疲労、ストレス緩和、パフォーマンスを上げたいなど、何かを「得る」ために行いますが、禅は「何かを得よう」と思ってするものありません。やりつづけても何も得るものはありません。

座禅という実践を重んじて、今まで築いてきた余計なものを削ぎ落すことで、最も大切な「本質」に目を向ける。

禅を信奉したスティーブジョブスが作り出したiPhoneをはじめとする製品も、まさに、究極まで無駄をそぎ落とし、コミュニケーションツールとしての本質を追求した製品です。禅と通ずるものを感じます。

やり尽つくすことで得られるもの

中国禅僧の開祖とされる達磨(だるま)は、9年坐禅を続けたとされていますが、坐禅をしようが、寺を作ろうが、仏教に対して何をしようが、ご利益もなければ、功徳もない。しかし、やり尽くせば、もはや何もいらないという気持ちに至る。それが一番のごちそうであり、功徳なのだ、とおっしゃったそうです。

納得、なるほどです。

功徳、無功徳

では、私の「サウナ瞑想」はどうか?

私がやっているサウナ瞑想は、完全に、やることで得られる利益を追求、つまり、リラックスしたい、脳のパフォーマンスを上げたいという現世利益に基づき行っています。瞑想の型「あぐら」も行っていません。故、「マインドフルネス」であって、「禅」とはほど遠いものだと納得できました。

禅は「無功徳」。マインドフルネスは「功徳」、さらには、「欧米的功利主義的」であることがよくわかりました。

禅的思想で一歩一歩積み重ねる大事さ

禅的思想で一歩一歩積み重ねる大事さ

上述の通り、「禅」は何かを得るためにするものではありません。利益追求が必要なビジネスとは相性が悪そうにも思えます。でもそれは違う。ビジネスにも禅的な取り組みが必要だと松山さんは語ります。

なんでも「即」の弊害

現代社会では、「すぐわかる」「1時間で●●できる」といった本や情報が流行るように、とにかく楽をして苦労せずに何かを得ようとする傾向が益々強まっています。とりあえず、ググって、SNSを見て、Youtubeを見て解を求める傾向に拍車がかかっており、自分で考えることすらしない人も多い。また、考えてると自身は思っていても、それは単に「悩んでいる」だけで、何も行動が伴ってないものが多いと思います。

しかし、個人のスキルもビジネスの成功も、一朝一夕では決して身につくものではありません。どちらも、すぐに利益を追求することなく、毎日、コツコツ努力(行動・実践)を積み重ねることあってこそ、最後に成果や成功が待っています。

コツコツ努力(行動)を積み上げた先に、はっきりとした成果がある

例えば、お寺の庭掃除。常に葉っぱが落ちてくるのに毎日やる意味があるのか?1週間ごとでもいいのでは?という考えもありますよね。しかし、それではダメ。

常にきれいに保つことを続けていくことで、空間はもちろんのこと、人も含めてお寺全体の雰囲気がビシッと引き締まる。そして、お寺の雰囲気や印象が作りあがり、いつしかそれが「お寺そのもの」となっていく。

これは、人の成長に当てはめても同じ。スキルは一日で身につくことはありませんし、ましてや「人格・風格」というものは時間と経験を伴わない限り生まれません。ビジネスも同様、、人から支持されるブランドが1日にしてできることはありません。

努力をしている最中は、誰でも、それが無駄に感じるときがあります。しかし、地道な一歩一歩の積み重ねているうちに自然と身についていったものは、すぐにはっきりとした成果や結果をもたらしてくれることはなかったとしても、長い目でみると必ず大きな力となります。

それは、例えていうなら 螺旋階段のようなもの。上から見みると、ぐるぐる同じ場所を回っているだけで、一見、成長がないように見るけ。しかし、横から見ると一歩一歩確実に上がっている。

こんなふうに考えると、毎日大変だなーと思っている努力も、毎日続ける意義を少しは感じられるのではないでしょうか。

最後に

今回は「禅とマインドフルネス瞑想、違いは何か?」に始まり、禅的思考による積み重ねの大事さについて語ってみました。
読書も、運動も、サウナも毎日コツコツやる。人にとっては「苦行」であるこれらが、幸せで楽しいと感じられる私はやっぱり幸せです。

何かの気づきになれば幸いです。

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