【書評/要約】無理ゲー社会(橘玲 著)(★) リベラルな社会の「残酷な構造」を解き明かす問題作。自由な社会はどこに向かうのか
きらびやかな世界のなかで、「社会的・経済的に成功し、評判と性愛を獲得する」という困難なゲーム(無理ゲー)をたった一人で攻略しなければならない。これが「自分らしく生きる」リベラルな社会のルールだ。

個人の自由や平等が重視する「リベラル化」は世界の潮流です。結果、私たちは「自分らしく生きる」ことが許される時代に生きています。しかし、人生はますます生きづらくなっていると感じることはないでしょうか?

人生というゲームを攻略するには、知能格差、経済格差、恋愛格差、評判格差を攻略しなければなりません。

しかし、実は、格差発生の最初のトリガーである「知能」は遺伝が大きく左右。努力<知能であり、これが経済・恋愛の格差にもつながっていく…

まさに、「才能ある者にとってはユートピア、それ以外にとってはディストピア

才能のないものにとって、人生ゲームは「無理ゲー」。残酷な社会に私たちは生きているのです。

今回は、橘玲さんの「無理ゲー社会」からの学びを紹介します。

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リベラル化は、住みよい世界をつくるのか?

【書評/要約】無理ゲー社会(橘玲 著):リベラル化は、住みよい世界をつくるのか

リベラルを考えるに当たって、しっかり区別しなければいけないのは「公平」と「平等」です。まずは、ここから見ていきましょう。

「公平」と「平等」

公平:機会平等
平等:結果平等

私たちが、一般的に、理不尽だと感じるのは「不公平」。「不平等」ではありません。競争の条件が同じであるとき、不満を言うことはありません。多くは結果を受け入れます。
しかし、実際は、生まれた時点から知能格差・経済格差もついています(後述)。このように、私たちは、生まれながらに「無理ゲー社会」に参加させられています。

リベラルが進むとばらばらになる

リベラル化・貨幣経済・テクノロジーの進歩で私たちの暮らしはよくなりました。「自分らしい生き方ができる」ようになり、また、仲間がいなくても、お金さえあれば、一人で生活が成立するようになりました。

しかし、社会の様々な問題をリベラルな政策で解決しようとする結果、以下の3つの変化が生じ、これらが相互に作用しあい、次なる問題を引き起こしています。

① 世界が複雑になる
② 中間共同体が解体する(富の偏在化)
③ (努力も含め)自己責任が強調される

誰もが「自分らしく」生きる社会で求められるのは、自己責任。社会のつながりは弱くなり、「孤独」が進みます。ネットを通じて多くの人と簡単につながっても、孤独なのは、関係の希薄化が進んでいるからです。

「優越」と「劣等」。新たな分断

今、私たちが陥っているのは「自分らしく生きる」という呪縛です。多くの人が「今の私は、本来の自分じゃない」と思っています。

ヒトは社会的な動物であり、強い「アイデンティティ」を持っています。そして、安定した生活を手に入れるために、人より優位でありたいと望みます。結果、生まれるのが「優劣と劣等」。ここに新たな分断が生じます。

一度、敗北者になると、そこから脱出するのは簡単ではありません。そして、劣等感で「本当の自分は別にいるはずだ」と本当の自分探しに悩み続けることになります。自殺、無差別殺人も、本来あるべき自分とのギャップに苦しんだ結果です。

このように「自由=リベラルであること」が、様々な問題を巻き起こしているのです。

知能社会の闇

【書評/要約】無理ゲー社会(橘玲 著):リベラル化は、住みよい世界をつくるのか

現代では、「経済格差」が問題視されます。本当の格差の原因は「知能の格差」。現代は、知能の高い者が大きなアドバンテージをもつ「知識社会」です。

メリトクラシーのディストピア

「メリトクラシー」は、「能力主義」と訳されます。個人の才能や努力、実績が重視され、それに応じて社会的地位や報酬が与えられる社会のことです。

このメリトクラシーのメリットは、公正な基準で客観的に評価されることです。簡単に言えば「努力し成果を出せば、報われます」。人種・性別・身分など関係なく、誰もが「知能と努力」によって成功できるのです。だから、「頑張れ!努力すれば報われる!」と唱えます。

しかし、実際は、「知能」はかなり遺伝率が高い。生まれながらしにして「知能に差」があるのです。

実は、日本人の1/3は読解力がありません。また、世の中には、どうしても頑張れない人がいます。しかし、個人も社会も頑張らない人には冷たい。奨学金を例にとっても、支援してもらえるのは能力のある人です。個人も社会も頑張らない人には冷たいのです。そして、結果的に、知能格差はますます広がっていきます。

メリトクラシーが徹底されると、「富は才能と努力のしるしであり、貧困は怠惰のしるし」となります。

子育て次第で、頭はよくなるのか?「遺伝と環境」

知能の格差は、遺伝ではなく「育った環境によるところも大きいのでは」と反論する人も多いでしょう。しかし、研究は、遺伝の影響が大きいことを明らかにしています。

下の表は、総計1455万人の双生児を対象としたメタ分析の結果です。
ざっと眺めてわかるように、ほとんどの項目で「遺伝」と「非共有環境=家庭環境以外の環境」の影響が圧倒的に大きく、「共有環境の影響=家庭環境(子育て)」が極めて小さいことがわかります。

つまり、結果は、子どもの人格形成に決定的なのは「遺伝」と「友だち集団内の地位争い(キャラづくり)」であり、親がどんなに子育てを頑張ろうが、その影響は小さいのです。

「知能格差」と「経済格差」:なぜすり替えられる?

現代社会では「知能+努力」が大事と説かれます。しかし、その背景には、「知能だけがすべてではない(すべてであってはならない)」という信念、あるいは願望が隠れています。

頭の良しあしを公然と口することを社会よしとしません。かくして、根本問題である「知能格差」という言葉は使わず、その別名とも言える「経済格差」で社会を論じています。

私たちは、「社会は公正であるべきだ」と思い、また、それを実現するために行動を起こしますが、「経済格差」で論じれば、「富の再分配(税金など)」で対処は可能です。しかし、生まれながらの「知能格差」の場合は、そうはいきません。

不公平をいかに処理するか問題

世界には不公正なことがたくさんあり、その多くは個人の努力では変えられません。そんな中、ある日、自分がいつの間にか「下級国民」の烙印を押されていることに気づく。しかし、人はこの事実を受け入れることができません。

努力して成功を目指すことも、一発逆転をねらうことも、ほぼ不可能。現実を変えられないので、現実を否認し、自分の認知を変える道を選びます。結果、認識が歪みます。「陰謀論」を唱えたりするのはその例です。

ヒトの脳(無意識)は因果応報で世界を理解するよう、進化の過程で「設計」されています。
しかし、(自分にとって)異常な状況は、因果応報ではうまく理解できません。そこで、私たちは、そこにはなんらかの「悪」があるにちがいないと考えます。かくして、陰謀論は時代を超えてなくならないのです。

資本主義と経済格差

【書評/要約】無理ゲー社会(橘玲 著):資本主義と経済格差

リベラル化とは別に進んだ資本主義(金融資本主義、自由市場経済)。

ヒトは「もっと豊かになりたい」「自分らしく生きたい」という夢を追い続ける生き物です。金融資本主義と自由市場経済は、この「夢」を最も効率的に叶えてくれるシステムでした。しかし、その結果、起こったのは、富の偏在化。中間層がいなくなり、富裕層と貧困層に分かれる二極化です。

なぜ、中間層はいなくなる運命なのか

なぜ、世の中は中間層がいなくなる方向に向かうのか。

10万円ずつ貯金を持っているアリとキリギリスがいて、アリは毎月10万円を貯金し、それを年利5%の複利で運用する。一方で、キリギリスは1円も貯金しない。すると、キリギリスは何年たっても貯金は10万円。一方、アリは、10年で125万、20年で330万円、これを子ども、孫と続けて80年たてば資産は1億円に膨らみます。

経済格差の原因は極めてシンプルです。

富のグレートリセットが起こるとき

アリとキリギリスの例からわかるように、平和が続くと経済格差は拡大の一途をたどります。しかし、この富の偏在化のグレートリセットされるときがあります。それが、四騎士=「戦争」「革命」「(統治の)崩壊」「疫病」登場するときです。四騎士は、富裕層の富をチャラにします。

これは日本にも当てはまります。戦前までは(身分)格差社会だった日本が戦後になって突如「1億総中流」になりました。敗戦によって300万人が死亡、二度の原爆投下や空襲で国土が焼け野原になり、その後、GHQによって占拠され、戦前の身分制的な社会制度が破壊しました。これによって、富のチャラが起こったからです。

その後、戦後の平和は続き、日本でも経済格差は広がる一方です。確かに2020年からコロナ感染が世界的大問題となりましたが、破壊力不足でした。むしろ、コロナショック、米国をはじめとする金融緩和で、賢く富を持っている人ほど、資産を増やしました。

次の富のグレートリセットは何なのか?核戦争か?温暖化による地球破壊か?いずれにせよ、ディストピアです。

のびる寿命のジレンマ

若者たちは、「100年を超える人生を生きなければならない」という課題を背負っています。

・非正規の不安定な仕事で収入が少なく、満足に貯蓄もできない
・定年になっても微々たる年金しか受給できそうもない
・にも拘わらず、親の介護をしなければならない
・結婚もしなければ子どももいない

待っているのは「貧困と孤独」だとしたら、合理的な選択として、「苦しまずに自殺する権利」もあるのではないか?

ここにきて、生き物の最大の課題「いかに生き残るか」で最大の成果を出している日本人が、長生き(高齢者)に押しつぶされようとしています。

ユートピアはあるのか

【書評/要約】無理ゲー社会(橘玲 著):ユートピアはあるのか

テクノロジーの進歩で、労働はロボットが行ない、世界のすべてのヒトが「健康で文化的」な生活をするに足る貨幣を世界政府から分配され、格差社会派なくなり、働かなくても生きていけるような「豊かな社会」になったとしましょう。
その時、何が起こるでしょうか?

働かなくてすむ社会にまつ「評判格差」

「豊かな社会」の実現でやってくるのは、『「経済格差社会」から「評判格差社会」への移行』です。

「豊かな社会」では、女は子育てのために男の手を借りる必要がありません。結果、男の「競争」と女の「選択」がより明確に表われてくることになるというのです。

現在の社会では、女性は結婚相手を選ぶ際、多少ブサイクでも経済力で男性を選ぶことが多々です。しかし、「豊かな社会」ではその必要がありません。「外見の魅力」で選んでいいことになります。本来、生物にとってもっとも重要なのは「生存(食べて生き延びること)」より、「カッコいい/美しい」が重要になるのです。

これを本書では「評判格差」としていますが、評判格差は、経済格差のように「再分配」ができません。アイデンティティが侵される残酷な社会が待っています。

ユートピアへの希望

ここまで、示してきたのはどこまで行ってもディストピアな社会でした。では、ユートピアな社会は実現しないのでしょうか?もしかしたら、その夢はテクノロジーが解決してくれるかもしれません。

技術の進歩は、脳も外見も、サイボーグのように操れる時代はやってくるでしょう。遺伝子操作で生まれる前に、マイナス因子を取り除き、才能ある人として生まれることもできるかもしれません。脳もクラウドに接続することで、処理能力・記憶能力は飛躍的に高まります。

そんな時代には、もはや一人ひとりの生得的なちがいはなんの意味もなくなり、経済格差や評判格差、モテ/非モテの格差などあらゆる格差は消滅でしょう、と橘さんは本書を締めくくっています。

最後に

今回は、橘玲さんの著書「無理ゲー社会」からの学びを紹介しました。
どうやら、私の生きている時代においては、「無理ゲー社会」が、ますます加速する時代を生き延びねばならなさそうです。

才能ある者にとってはユートピア、それ以外にとってはディストピア

この言葉が身に沁みます。しかし、残酷の現実から目を背けるのではなく、残酷な現実を知り、そこから少しでも有利に生きるのびる方法、攻略法を考えるしか方法はありません。生きづらさの原因を見誤り、不満・不安を感じたり、自己を憐れんで生きるより、ずっといいと私は考えています。