塩漬けとは―――
現在の価格が買い値より下がっており、売ると損が出るため、やむをえず長期保有している状態。将来的に上がりそうもない銘柄をただ持っているだけの状態であることが多い。
投資では、上がる見込みのない銘柄は、損切りして、資金効率を高めよと言われますが、人間の真理とは不合理なもので、損が出ているとなかなか売れず、さらに損を拡大してしまうのが悲しき性(さが)です。
そんな中、ふと目にしたのが今回紹介する小説『塩漬投子は損切りしない ―人間株式制度導入―』です。
舞台は、国民の7割が止もう得ない事情で自らの「人間株」を発行し、売却資金で生計を立てる日本。大人も子供を養育する資金を確保できず、高校生すら自らの人間株の売却資金をもとに生計を立てているような世界です。そんな世界で、窮地に陥った高校生とカリスマトレーダーが、人間株投資で奮闘する姿を描きます。
ストーリーを楽しみながら、経済、国家政策、株式投資、特に、仕手戦心理についても学べます。
今回は、小説『塩漬投子は損切りしない』を、私が面白いと思った舞台設定を中心に、感想を紹介します。
目次
塩漬投子は損切りしない :あらすじ
二週間前にとあるストーカー事件の容疑を掛けられた、高校二年生の少年━━
朽値屋勝馬は、自身の株価大暴落による上場廃止の危機に瀕していた。
そんな勝馬の前に現れる、天才女子高生トレーダーこと塩漬投子。
彼女は勝馬の株を大量に保有しており、それを全て損切りせずに売り捌くため、仕手戦を仕掛けて株価の吊り上げを行うことを宣言する。
そして二人は、前人未到の株価4,000%上げに挑むのだった。 ―――Amazon解説
あらぬ嫌疑をかけられた 朽値屋勝馬(くちや しょうま)の人間株は大暴落。
人間株の一株は、通常 数百円から数千円の値であるところ、「3円」にまで暴落。人株取引委員会から緊急措置として期限内の株価改善命令が正式に下ったことで、事実上の要注意銘柄に。管理・整理ポスト入りで、月末までに改善できなければ、上場廃止の危機にあるというのに、当の勝馬は、完全に絶望。諦めてしまって、濡れ衣を晴らそうとするわけでもなく、アパートに引きこもっていました。
そこに現れたのが塩漬投子(しおづけとおこ)。
投子は、小学生のころから株式投資の世界に入り、人間株を中心にその驚異的なトレードセンスで400億円近い利益を稼ぎ出している天才女子高生トレーダー。一度買った株はどんなに値を下げても決して損切りせず、塩漬け株にしてでも持ち続けるという独自のこだわりを持つことから、ついた字が「塩漬姫」。しかも、美人でメディアでも取り上げられることから、投資の世界とは縁遠い人でも知っているカリスマトレーダーです。
投子は、勝馬の個人株を発行株式数の50%以上も買い集めているという。
さて、彼女はどんな仕手戦を繰り広げるのか。そして、それは成功するのか!?
塩漬投子は損切りしない :感想
ココからは、小説のメインテーマ以上に、私が面白いなとおもった「舞台設定」について、感想をまとめてみます。
人間株式制度
そもそも「人間株式制度」が導入された理由は、日本が経済破綻して、国が国民を、人が人を支えられなくなったから。
「人間株式制度」を制定し、日本人間証券取引所を設立。お金の必要な個人は自ら株式を発行して、その売却益で生活を立ています。自分のバリューをアップさせなければ、自分の人間としての価値かすら下がってしまうという厳しき世界でもあります。
自分の株式が市場に公開されるような世界ですから、国民の半数以上が日常的に株式トレードを行っています。
かつて、個人が株式会社のようにVAとよばれる株式を発行して、個人同士がそれを売買する「VALU(バリュー)」というサービスがありましたが、それが、国民レベルで展開されているのが、「人間株式制度」です。
子どもを養えるほど裕福な親は一割以下
小説内では、人間株式制度が導入される世界を「ディストピア」としては描いていません。しかし、国が国家破綻し、親が子供を養育できない世界は、ディストピアといってもいいでしょう。
小説の設定では、子どもを養えるほど裕福な親は一割以下。扶養義務はせいぜい小学生の低学年を終えるまでで、親元を離れた子どもは上場して自分の株式を発行して資金を集めるか、それまでの猶予期間として学校からお金を借りるかして生活費・授業料を捻出。住まいは、寮やアパートで一人暮らしをするのが一般的となっています。
当然、家族の繋がりも薄くなり、上場以降、親と一度も会っていないという子どもも珍しくありません。
今も大学生の子を持つ親は大学費用をサポートするのが一般的ですが、これが叶わない親は増加し、子どもが奨学金を頼る割合も増えています。ネットで稼げる時代では、子供の自活自活年齢も、時代と共に低年齢化していくのかもしれませんね。
なぜ、日本は破綻したのか
なぜ、日本は破綻したのか――― この部分は、本小説のメインストーリーではありません。ですが、小説の舞台を知る上で、重要なポイントだと私は考えます。
日本は破綻の理由は、簡単にしか説明されていませんが、現代社会においても、あり得るディストピアシナリオです。
この部分は、是非、本書を読んでみてください。世界経済が抱えるリスク、日本が抱えるリスクを知る、学ぶという観点から、参考になります。想定できるリスクシナリオは、起こるかどうかは別問題として、頭の中にインプットされていると、想定外が起こったときに、方策を考えるときの一つの知識として役立つと思います。
なぜ、人間株式を導入したか
なぜ、人間株式制度を導入したのかも、なるほどねぇ、という内容です。人間株式制度は、国家破綻に陥った国が「2つの目的を果たすための手段」として導入されています。
2つの目的とは、「海外への資金流出」と「仮眠資金(口座)の活性化」。
政府は、海外への資金流出をさけるだけでなく、国民の資金を「貯蓄」から「投資」へ向かわせたい。そこで、『仮眠口座』の預金を所有者の許可なく政府の意思で活用できる法律を制定するなどして、休眠資金を動かそうとします。
確かに2つの目的を果たす手段として、「人間株式制度」ベストアンサーかは?ですが、この政策なら、資金をお金を持つ「高齢者」からお金を持たない「若者」にシフトさせるばかりか、次の節で述べますが、「(奴隷的)労働力」も確保できます。
現在の日本の政府も、国民をどこまで守り切れるかわからないので、老後資金は自助努力で増やしてもらう方向は鮮明です。また、貯蓄から投資に国民を向かわせるために、2024年からは投資枠を大きく拡大した「新NISA」が始まります。この制度は理解しておくべきです。
新NISAについてご存じない方は、以下を参考にしてください。
人間株上場廃止となるとどうなるか
人間株が上場廃止となるとどうなるか――― 上場廃止は株式の倒産企業と同じ。むしろ、もっと悪い。
信用を失い、資産価値を失った人間は「倒産者」と呼ばれます。倒産企業なら、企業によっては解体して売れるものは売れますが、人間の場合は、何も売ることはできません(さすがに、臓器売買は違法。国際的に批判を受けるため、国としてはそこまでできない)。
既に経済が破綻した日本には、倒産者を救うセーフティネットもありませんし、「自己破産」で負債をチャラにすることもできません。
そこで、政府が用意した施設が「人間再生所」。ここは、倒産者の隔離場。死ぬまで、奴隷のように、長時間労働に従事させるための強制労働施設です。国としては労働力が確保できます… なかなかなディストピアです。
最後に
今回は、小説『塩漬投子は損切りしない』を、私が面白いと感じた、その舞台設定を中心に紹介しました。
小説のメインテーマは、塩漬投子が仕掛ける仕手戦劇。仕手戦劇を通じて、板取引(板寄せ、ギャップアップルール とそこで繰り広げられる心理戦 他)、信用取引、二階建て、仕手戦における投資家心理 などが学べるようになっています。株式投資を行っている人は面白く読めますし、初めての方も、こんな世界があるのかぁと、学びながら面白く読めると思います。
また、ディストピアな舞台設定は、リスク回避能力を高めるという観点から役立ちます。こんなことが起こったらどうすればいいのか、それを避けるために、今何ができるのか、という視点で読むと学びが多いと思います。
是非、本書をお手に取って楽しんでみてください。