感染症をテーマとした小説として最も知られている調節と言えば、アルベール・カミュの「ペスト」ですが、疫病(感染症)✕戦争✕貧困をテーマとした、まるで、昨今の現代を映し出すような作品があることをご存じでしょうか。
それが、チェコの作家カレル・チャペックが1937年に発表した戯曲「白い病」。
本作が発表されたのは1937年。世界中で大流行したスペイン風邪の恐怖を知る著者が、第2次世界大戦の直前に書いた作品。中世ヨーロッパで猛威を振るった「黒死病(ペスト)」と対比させて、対極の「白」という表現を用いて新しい疫病を発想している点が面白いですが、単にえ疫病パンデミックに終わっていないのが本作の凄いところ。人類から多くの命を奪う「疫病」「戦争」という2大危機、そして、2大危機と共に常に人を不幸にする「貧困」をテーマとしています。
結末はディストピア。しかも、そのディストピアへの最終的な結末を引くのは、権力者ではなく、一般群衆…
約100年前に「R.U.R. ロボット」という小説で、「ロボット」という言葉を作り出し、機械文明が人類に与える影響を描いたSF作家チャペックは、本書でどんなディストピアを想像したのか!?
新型コロナ、ロシア・ウクライナ戦争で、多くの人の命が奪れると同時に、多くの人が貧困であえぐ今、是非とも読んでおきたい一冊です。いろいろ考えさせられます。
目次
白い病:あらすじ
大理石のような白い斑点が体のどこかにできたが最後、人は生きながら腐敗してゆく。
そこへ特効薬を発見したという貧しい町医者が現れたのだが――
死に至る病を前に、人びとは何を選ぶのか?
1937年刊行の名作SF戯曲が、現代の我々に鋭く問いかける。
―――— Amazon 本紹介
舞台背景
舞台背景は、戦争前夜の軍事独裁国家。そこに、50歳以上の人々を死に至らしめる疫病〈白い病〉が流行する。大学病院の院長はパンデミック化した疫病を「未知なる敵との戦闘だ」と宣言。しかし、最新医療が進む大学病院ですら、患者にできることは、痛み止めのモルヒネを打つのみ。貧乏人に至っては、部屋を分離され、もはや、治療も受けられず、多くの人たちが次々と亡くなっていきます。
ただ、若い人は感染しないため、若い人の中には、年配者が死ねば、自分が職にありつける、重職につける と考える人もいるなど、世の中は殺伐としていました。
救世主は一人の町医者
そんな中、現れたのが、一人の貧困地区の町医者 ガレーン博士。大学病院は、あわよくば、彼の手柄を病院のものに一儲けしようと、ガレーン博士を貧乏人部屋患者の対応に当たらせます。
ガレーン博士の治療の効果が明らかになると、博士のもとに寄ってきたのは、大学病院委員長や権力者。大学病院は「治療法は個人の名声のものではない(大学病院に帰属するという意味)」と治療法を公開すること要求。権力者は自分自身、或いは、身内が病に侵されたことで、救いを求めにやってきます。
しかし、町医者は金持ちの治療を断ります。代わりに、町医者が治療法公開の条件として提示したのは、世界中の国王や統治者に対する「戦争を放棄せよ。二度と戦争を起こすな!」という要求。金持ちや権力者に対しては、「自分の力を利用して、戦争を止めるべく、上に働きかけよ」と要求しました。
疫病同じく、人の命を大量に奪う戦争を、命を救うことを生業とする医者の立場として見過ごすことはできない。そういう強い信念のもと、戦争を止める力を持つ権力者・金持ちたちに、強く恒久平和を要求したのでした。
権力者は態度を軟化するが…
戦争か?それとも、疫病を直す治療薬なのか?
最初、権力者・金持ちたちは、町医者が突きつけた要求に首を縦には降りません。
このシーンになると、読者は、戦争か世界恒久平和(&治療薬)か、究極の二者択一がテーマ、どっちが勝つのか!?と思い始めるのですが、そんなところで物語は終わりません。物語は新たな展開を見せていきます。
戦争のまさに統率者にあたる「総司令官」が平和=治療薬を選択しようと決めたとき、別の「恐ろしい力」が、ガレーン博士の運命を変えてしまうのです。そして、物語は、救われない結末に…
権力者以上に、恐ろしい「力」
「恐ろしい力」とは、一見すると、意外なものです。しかし、今の世の中でもあり得ること。歴史上、繰り返されてきた戦争においては、口火を切るのは権力者ですが、「恐ろしい力」を持つ者たちが、それを後押ししてきた戦争も存在します。
冒頭でも述べた通り、作家のチャペックはチェコの作家。チェコにもナチスの脅威が迫る中、第2次世界大戦の直前に発表された作品で、ナチス・ドイツへ反ファシズムのメッセージと言える作品なのですが、まるで、第2次世界大戦中のナチスをタイムマシンに乗ってみてきて、警鐘を鳴らす意味で書いたのではないか…と思わせる内容です。
さすが、ロボットにより人間が仕事を奪われる世界を100年に予想した作家!チャペックの、SF作家としての想像力に唸らされます。
白い病:感想・考察
以下、さらなるネタバレを含みます。予備知識なく小説を読みたい方は、読まない方がよいです。
本書を読むうえで大事!群種心理
前項のあらすじでは、最終結末を具体的に説明することは避けましたが、本書を読み説くうえで大事なのが「群集心理」です。
興奮して理性を失った群集は、時に大きな間違いを犯します。戦勝初期のナチスドイツは以下の国民もそうでしたし、大東亜共栄圏を掲げる真珠湾攻撃以前の日本もそうで、国民自身が「戦争、やれー」と言い、勝利に心を熱く高ぶらせていました。戦争は人間らしさをかなり奪ってしまうのです。
「我はそんな群集にはなるまい」と思っていても、私を含め、誰もが愚かな群集の一人になる可能性が多分にあります。特に、自分の頭で考えずにすぐにググる現代人は、世の流れ、大きな声に簡単に流される。権力者には操作しやすいことこの上なしなのですが、操作を間違えると、とんでもなく怖い。
群衆の激情や本能が一旦解き放たれると、指導者たちですらそれを止めることはできない。
そんな愚民に陥る危うさを自分自身も持っていることを知るためにも、以下の本は読んでおいた方がいいと思います。私たち、人間の行動原理がよく理解できるはずです。
群集心理の愚かさ・危うさを小説で学ぶなら以下の小説。日本という国、そして、日本人について、いろいろ考えさせられます。
ここからは、本書での、言葉をいくつか書き留めておきたいと思います。
パンデミックに対する市民の反応
新型コロナウイルス感染においても、なぜ、これだけ、医療が発達しているのに、長期にわたって、何度も爆発感染が起きるのだ!と思った人は多いはずです。昔も今も、文明に対する過信は変わりません。
ガーレン博士の平和への思い
記者:あなたは、人が亡くなるのを放っておくのですか?
博士:では、人々が殺し合いをするのを、あなたは放っておくのか? なぜだ? ……鉛の玉やガスで人を殺してもいいとしたら……私たち医者は、何のために人の命を救うのか? 子どもの命を救ったり、 骨瘍 を治療したりすることが……どんなにたいへんなことか……わかってほしい……にもかかわらず、すぐに戦争だという。
いいですか、私はただ医師として述べているのです──私は政治家ではありません、皆さん、ただ医師としての義務があるのです。
博士:心配する必要はありません、薬はできています──恒久平和を約束するよう統治者に働きかけるのです……あらゆる国と恒久平和条約を締結するようにと……そうすれば、〈白い病〉を恐れることはない。
博士:貧しい人が貧しいのも、不公平だと思いませんか? そう、これまでも、貧者のほうが多く命を落としています、そうでしょう──こんなことはあってはならないのです、許されてはならないのです! 生きとし生けるもの、誰もが、生きる権利を持っている、そのはずです。軍艦をつくるのと同程度の予算を病院に充当すれば(多くの人は救われる)。
戦争のための費用が、貧しい人たちのために使われたら… そう思ってやみません。
しかし、日本が第2次世界大戦の焼け野原から早期復興できたのも「朝鮮戦争」という大特需があったからに他なりません。ここで得た資金が高度経済成長に礎になったことは間違いありません。これにより、日本人は(過去に)豊かになれました。なんとも複雑な思いになります。
そして今も、戦争ビジネスで儲けている人たちが、世界のどこかにいます。疲弊する国がある一方、うまいことやる国・企業があるのが、この世の中です。
また、戦争の前線はウクライナとロシアですが、朝鮮戦争がそうであったように、前線国ではなくとも、世界の力を持つ国は、自国の覇権を守る・奪うべく、虎視眈々と標的を狙っています。
最後に
今回は、カレル チャペックのSF戯曲「白い病」のあらすじ、及び、本書を読んでいろいろ考えさせられた点などを紹介しました。本書の解説も必ず読んでください。さらに、戯曲にちりばめられた描写・発言の鋭さとに気づかされ、また、作者チャペックの想いを知り、深く考えることにつながります。
SF小説は、「未来を予測する目を身につける」という点でも非常に優れています。世の中を見る目に長けているイーロン・マスクも、幼少期は本の虫。SF小説を読みまくって、未来を見る目を養いました。
SF小説は、小説によって、いろんな知識も必要になります。知らないと読みこなせない。
例えば、私の場合、日本のSF小説 小松左京は難しすぎて、いまだに読みこなせずに挫折を繰り返しています。物理学、天文学、哲学、進化学 など、知識不足でまだまだ、読みこなせません。再チャレンジに向けて、様々な読書を続けていきたいと思います。