【書評/要約】正欲(朝井リョウ 著)(★5) 特殊な性的指向 を持つマイノリティの苦悩を描く。「多様性」「正しさ」について考えさせられる1冊。2023年11月映画公開

「多様性・ダイバーシティが大切」。現代社会でよく聞くフレーズです。

多様性とは、集団において年齢、性別、人種、宗教、趣味嗜好などさまざまな属性の人が集まった状態のことです。そして、この多様性を大事に組織化すること、人と関係性を築くことが企業・社会をよくすると叫ばれています。

しかし、朝井リョウさんの小説『正欲』を読むと、我々多くの人は、自分が想像できる”多様性”しか受け入れていないこと、そしてそこからこぼれた人たちを変人・近寄ってはいけない人として排除していることに気づかされます。

表面的には「特殊な性的指向」における多様性を扱いながら、非常に深い問題を投げかける作品です。

今回は、朝井リョウさんの小説『正欲』の簡単なあらすじと感想をまとめます。

[スポンサーリンク]

12月11日 01:59まで

正欲:あらすじ

2023年11月10日(金)、映画『正欲』が公開されます。上記はその映画のショートムービーです。
監督・編集/岸善幸 脚本/港岳彦 音楽/岩代太郎
出演/稲垣吾郎、新垣結衣、磯村勇斗、佐藤寛太、東野絢香

自分が想像できる”多様性”だけ礼賛して、
秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよな。

息子が不登校になった検事・啓喜
田舎の寝具売り場で働く契約社員・夏月
横浜の食品会社で働く、夏月の同級生・佳通
事件をきっかけに男性恐怖症になった女子大生・八重子
八重子が初めて恋心を抱いたイケメン大学生・大也

ある人の事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり合う。
だがその繋がりは、”多様性を尊重する時代"にとって、ひどく不都合なものだった。

この世界で生きていくために、手を組みませんか。

読む前の自分には戻れない、気迫の長編小説。

―Amazon解説文に一部加筆

夏月・佳通・大也の3人には、誰にも言えない共通点を持っていました。それは、異性には全く関心がなく、「噴出する水」「きらめく水」に性的興奮を覚えるという、性的マイノリティには 到底理解されない「欲望」です。

理解されない「欲望」を持つが故に、誰ともつながれない。でも、世に理解されないからこそ、この世で生きていくために、誰かとつながり、手を取り合いたい。

そんな「思い」思いを持つ彼らがつながる。しかし、ある事件が起こったことで、さらに3人は苦しむことになるのです。

正欲:感想

正欲:感想

いろいろと考えさせられる作品です。其の中かからいくつか取り上げ、感想をまとめてみます。

多様性の細分化で、掬いきれないマイノリティ

多様性が大事と言われます。私も「多様性の科学」を読んでその多様性の重要性を理解したつもりでいました。

しかし、『正欲』を読むと、「多様性」として認知され、世に受け入れられるのは、そのごく一部に過ぎないということに気づかされます。

「マイノリティ」として認知されているのはごく一部、つまり、「マイノリティ」という言葉では掬いきれない人たちが存在します。そういうあぶれてしまった人たちを、世間=マジョリティはどう位置付けるかといえば、「変人」「変態」「近寄ってはいけない人」「排除したい人」です。

人間は「新しいもの」「未知なもの」に対して、許容力がありません。「新しい考え」をなかなか受け入れることができように、「未知な指向」を持つ人に出会ったとき、人はその人を拒否します。

だから、彼らは、自分が変人だと思われないように、「本当の自分」を隠して生きざるを得ません。しかし、一方で、人は「つながりを大事にする」生き物です。危険を冒しても、同じような欲望を持つ人たちと”それ”を楽しみ、共感したいと考えるのです。

好きなものを「好き」といえることの大切さ

好きなものを「好き」と言えないこと、「好き」を通じて人と共感できない人生が如何につらいか…

私も、「本が好き」「旅行が好き」「サウナが好き」「ジムが好き」と、ことあるごとに当ブログに綴っています。興味のない人にはゴミ記事です。しかし、当の本人にとってはとても大事であり、それが「幸せの源泉」です。

『正欲』の登場人物のように、変人だと思われるが故、「自分の好き」を語れないとしたら…人生の楽しさは大きく失われることは容易に想像がつきます。

『正欲』を読みながら、或る意味対局な作品と感じたのが、宇佐見りんさんの人気作品「推し、燃ゆ」 です。

主人公で高校生の山下あかりは、「逃避でも依存でもない、推しは私の背骨だ」と語り、好きなものを「好き」と全面に出し、人生の時間もお金も全力投入して生きています。

学校の成績も、アルバイトも、なにをしてもうまくいかず、世の中から孤立していても、彼女には唯一の「心の救い=推しアイドル」がいるのです。それは彼女にとっての幸せです。

不幸なのは、このアイドルが人を殴って炎上してしまったことで、あかりの人生も徐々に変わっていくことですが… 「好きを共有」できることの意味・意義を全面で感じさせられる作品です。

2つの作品に感じた「共感の差」

「推し、燃ゆ」のあかりの“推し”は、自分が、生まれてこの方、“熱狂的な推し”を経験したことがなくても、共感しやすい。

一方、『正欲』」の特殊な性的指向を持つ登場人物たちに対してはどうか。共感とはちょっと違う。「そんな世界があることはなんとなくわかる。」と言う程度の共感です。

この、共感の差はなんなのだろう?と考えてみると、やっぱりそこにあるのは「マジョリティ」「マイノリティー(の細分化に掬われるか、こぼれるか)」ではないかと、考えながら読んでいると….

想像できる”多様性”だけ礼賛していた「自分」

自分が想像できる”多様性”だけ礼賛して、秩序整えた気になってそりゃ気持ちいいよな。お前らが大好きな”多様性”って、使えばそれっぽくなる魔法の言葉じゃねえんだよ。
自分にはわからない、想像もできないようなことがこの世界にはいっぱいある。そう思い知らされる言葉のはずだろ。

上記は、本書の終盤に登場するフレーズ。想像できる”多様性”だけ礼賛して「ダイバーシティは大事だ」と思っている私に、「言葉の鉄槌」が振り下ろされます。

多様性って言いながら、一つの方向に俺らを導こうとするなよ。自分は偏った考え方の人と違って、いろんな立場の人をバランスよく理解してますみたいな顔してるけど、お前はあくまでいろいろ理解してますに偏ったたった一人の人間なんだよ。

はい。おっしゃる通りでした。ごめんなさい。
マイノリティを都合よく理解した気持ちになっていました。私は知らないうちに、人を気づ付けいるのかもしれないと…考えながら読んでいると、さらに「言葉の鉄槌」が…

自分はあくまで理解する側だって思ってる奴らが一番嫌いだ。お前らが上機嫌でやってるのはこういうことだよ。

どんな人間だって自由に生きられる世界を。ただしマジでやばいやつは除く。

差別はダメでも、小児性愛者や凶悪感は隔離されて欲しいし、倫理的にアウトな言動をした人も社会的に消えるべき。
(略)
お前みたいな奴等ほど優しいと見せかけて、強く線を引く言葉を使う。私は差別しませんとか、マイノリティに理解がありますとか、理解がないと判断した人には謝罪しろとか、しっかり学べとか、時代遅れだとか、老害だとか。

「あなたを理解したい」という思いは、場合によっては、とても「上から目線」な物言いとなる ことに気づかされます。

マジョリティとマイノリティは自分の中にもある

人は誰もが二面性を、多面性を持っています。そして、日常的に見せているのは「マジョリティ側の自分」です。「本当の自分」は、他人には見せたくない・見せられない「マジョリティ側の自分」かもしれません。私自身、そもそも分かってもらいたいなんて思っていないこは存在し、それは、「マジョリティ側の自分」であるが故に、晒してはいません。

そんな部分に対し、「どんな人間でも私は拒絶しないし、難しいかもしれないけどできるだけ理解したいって思う。」と言われたら、「そもそも拒絶しないって、どれだけ上目目線なんだよ。ほおっておいてよ」と思うでしょう。

本書では「特殊な性的指向」に対する多様性をテーマとして扱っていますが、実際に読者に問いかけられていることはもっと深い。「多様性とは何か」「ノーマル(正しさ)とは何か」という問いを突き付けられます。

最後に

今回は、朝井リョウさんの『正欲』の感想をまとめました。
本作の中には、どきりとさせられる言葉がいろいろと並んでいます。「言葉、フレーズ」に是非本書で出会ってほしいです。

朝井リョウさんの作品は「何者」を読んだ時も、いろいろと考えさせられました。社会のひずみを普通とは違う切り口で気づかせてくれます。是非、他の作品も読んでみたいと思います。