【書評/要約】1984(ジョージ・オーウェル 著)(★5) ディストピア小説の最高峰。やっぱり凄い。社会・人間の本質を見る目がスゴすぎる

ディストピア・近未来小説の最高峰ジョージ・オーウェルの「1984」

1984年は今となっては過去ですが、オーウェルが作品を発表したのは1949年。その時点から、全体主義により監視社会化した近未来世界で繰り広げられる「恐怖社会」を描いています。

この小説は、架空の世界を通じて、読者に「社会(支配)や人間の本質」、そして、現代社会人がそれらの罠に知らず知らずはまっていることを気づかせます。

私は過去にハヤカワepi文庫版の「一九八四年」(発売日:2009/7/18)を読んだ経験がありますが、今回、角川文庫版「1984」(発売日:2021/3/24)にて再読。改めて、オーウェルの近未来の想像力、そして、人間・社会の本質を見る目の凄さに感嘆しました。

この物語は、「全体主義でも社会主義社会」への批判を超え、「今の現在進行する社会」の危険をも言い当ています

この事実に、恐ろしさを感じます。一度読んだことがある方も、再読すると、深い部分まで読めることで、さらに多くの気づきがあるはずです。

今回は、ジョージ・オーウェルの「1984」を読みながら、考えたこと・感じたことを忘れないように書き記します。

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1984:あらすじ

【書評/要約】1984年(ジョージ・オーウェル):あらすじ

監視社会

舞台は1984年の架空の国オセアニア。世界は3つの超大国、オセアニア、ユーラシア、イースタシアによって分割・統治され、この3国が1950年代に起こった核戦争以来、ずっと、戦争を続けています。

オセアニアは、「ビッグ・ブラザー」という独裁者が支配する完全な監視社会。自宅ではオフにできない双方向テレビ「テレスクリーン」が常に政府のプロパガンダを流し、また、街ではマイクや思想警察により、国民は常に監視されています。そこには、思想・言語・恋愛の自由はありません。

政府体制に疑問を抱く主人公 ウィンストン・スミス

主人公は、このオセアニアの役所「真実省」で働くウィンストン・スミス仕事は政府に都合の悪い歴史の記録の改ざん。政府にとって都合の悪い事実はことごとく書き換えられます。国民も、自分の記憶を頼りに真実を探ろうとしても、あらゆる文献・メディアが改ざんされているため、何が真実だったのかわかりません。自分の記憶すら当てにならない環境下で、人は論理的思考で判断・思考力は衰え、情報がすり替わっても気が付かない・気にしない状態に陥っていました。

しかし、ウィンストンは、このような政府の方針に疑念を抱きます。政府に反すれば捕らえられて、死刑か強制労働収容所送りです。しかし、ウィンストン1つめの罪を犯します。日記に自分の思考や感情を記録し始めたのです。

ジュリアとの出会いと恋愛、禁書の入手

ウィンストンは、別の省に勤務する女性 ジュリアと知り合い、恋に落ちます。この世界では、「正当な愛」とは子孫を残すための「愛のない性交渉」のみです。恋・愛・セックスは邪悪とされます。そんな中、2人は、2つめの罪を犯します。秘密裏に「愛あるセックス」を重ねるようになったのです。

さらに、ウィンストンは、3つ目の罪を犯します。反政府思想を持っているのではないかと思われた高級官僚オブライエンへ接近し、政府への反抗を誘ったのです。さらに、政府を糾弾した禁書を手に入れ、それを読み始めるのです。その禁書には、「この世界の真実」「政府支配の秘密」など、驚愕の事実が記されていました。

逮捕、拷問、洗脳…結果、ウィンストンは…

厳しい監視下で、ウィンストンの反逆がバレないはずもありません。逮捕されたウィンストンに待っていたのは死刑ではなく、愛情省」による壮絶な、拷問・洗脳でした。

詰問・拷問にやってきたのは反逆同士だと思っていたオブライエン。度重なる執拗な拷問・思想統制で、ウィンストンは健康な体、健全な思考を失っていきます。そして、物語は、ウィンストンがビッグ・ブラザーの信奉者となり果てたところで結末を迎えるのです。

政府は、政府への反逆者を英雄にしてしまう危険がある「死刑」に処することさえ許さず、「見せかけの屈服」も許しませんでした。「ビッグ・ブラザー」を心から信奉する状態にして、初めて、抹殺できる対象としたのです。

度重なる拷問・洗脳で、変わり果てていくウィンストンは、壮絶そのものです。ここに、「支配・統制」「弱き人間」の真実が垣間見えます。

1984:感想・気づき。オーウェルからの警告

【書評/要約】1984年(ジョージ・オーウェル):感想、気づき

『1984』は、表面的には、全体主義批判・監視社会批判の小説に見えます。しかし、よ~く考えながら読むと、実は、自由主義下で生きている現代社会人にもズバリあてまっていることに気づかされます。これは、オーウェルが時代を超えて通用する「社会(支配)・人間の本質」を見抜く目を持って描いたからに他なりません。

キーフレーズは「戦争は平和なり 自由は隷従なり 無知は力なり」。そして、このスローガンを進めるうえで大事な「ニュースピーク」「二重思考」「テレスクリーン」という3つのキーワードです。

ニュースピーク:思考できない人間を作る

人は「言語」がなければ思考できません。言語そのものが貧弱であれば、思考も貧弱化します。

例えば「自由」という言葉。私たちは自由には、思想・行動・経済など様々な自由があることを知っています。しかし、この意味を、政府が国語辞典レベルで、縮小化したり、政府にとって都合のいい意味を加えたりするとどうなるか?旧自由を知らない若い世代の人はもちろん、「旧自由」の経験者も次第に時代に洗脳され、意味が書き換わっていきます。

この人間の本質を利用して、政府は、従来の標準言語「オールドスピーク」に対し、意味が劣化・陳腐化・縮小化した都合のいい「ニュースピーク」を生み出します。『1984』の物語の中には、国民に悟られることなく、政府の指導者が国家レベルで国民の思考を奪う=洗脳する世界が描かれているのです。

ことばは、時代と共に変化することこそが本質ですが、劣化ワードとも言える言葉は生まれています。例えば「超ヤバイ」という言葉。いい意味でも悪い意味でもなんでも利用できる便利な言葉です。しかし、その結果、自分の感情表現を正確に言葉にできなくなっている人がでてきています。劣化ワードには注意したいものです。

二重思考:歴史の改ざん&思考統制

私たちは「過去は変えられない」と考えがちです。人には「記憶」があるからです。

しかし、実際には「過去の記憶」は結構簡単に書き換わります。特に個人レベルでは、言い訳などに見られるように、自己正当のために「私ははじめからそう思っていた!」と自ら信じます。このような記憶の書き換えも人間の特性です。

二重思考は、これをさらに強力にしたものです。不都合な情報は書き換え、国民もそんな記憶は存在しなかったと過去を書き換え、忘れる。「おかしい」と思う人がいても、周囲が同調していると、群集心理で、人は簡単に「そうだったかも…」と考えを改めます。日本人はこの群集心理に弱い性質を持ちます。指導者が巧みに誘導すれば、簡単に世論は変わるでしょう。

また、戦後の日本では、国が教科書内の不都合箇所を黒く塗りつぶさせた事実もあります。現代なら、不都合な真実は、デジタルメディアならしれっと簡単に削除・改変が可能です。最初は一部の人が捏造だ!と騒ぐかもしれません。しかし、そんなのは一時です。人は次の情報に目移りし、重要視しなくなります。忘れ去られるのです。

こうしてみていくと、現代は、国民を「二重思考」に誘導しやすい環境が揃っていると言えるのではないでしょうか。

テレスクリーン:監視社会デバイス

【書評/要約】1984年(ジョージ・オーウェル):テレスクリーン:監視社会デバイス

テレスクリーンは部屋にあるOFFにできないデバイスです。それが思想統制し、監視社会を作り上げています。中国はこの仕組みが機能しています。故、巨大な国を一気に舵取りすることができています。

では、欧米・日本はどうでしょうか?確かに、政府による明確な監視はありません。しかし、あなたの手元にある「スマホ」。これ、ある意味、進化したテレスクリーンです。

スマホはないと不安。まず、この時点で知らず知らず「スマホに洗脳」されているといって過言ではありません。

さらに、ネットで情報を見ればアクセスログが残ります。これで、何に興味を持っているかが筒抜けです。さらに検索結果は、パーソナライズ化されています。万人に同じ情報が届かないという点で「広義の情報書き換え(改ざん)」です。また、金融情報はデータ管理され、ペイ払いすれば、どこで何を買っているかもわかってしまう。さらには、「いいね」をもらうために、自らどんどん発信して、さらにログを残します。

もはや、スマホ&ネットが1984で描かれるテレスクリーン以上の「監視力(の素地)」を持っているわけです。知らず知らずにスマホという支配者に洗脳されているのです。

しかも、スマホの使い方次第で、時間もお金も吸い取られます。強力な搾取端末であることも忘れてはいけません。

戦争は平和なり 自由は隷従なり 無知は力なり

【書評/要約】1984年(ジョージ・オーウェル):戦争は平和なり  自由は隷従なり  無知は力なり

「戦争は平和なり 自由は隷従なり 無知は力なり」は1984の政府が掲げるスローガンです。よくわからないフレーズです。しかし、物語を読むと、この解釈に唸らされます。

ここまでの3つのキーワードで「自由は隷従なり 無知は力なり」は少しわかったと思います。政府にに隷属さえしていれば自由に生活できますし、そのためには、考えないバカの方が生きやすい。逆に、賢く論理的に物事を考え、正しいことを正しいと反逆してしまうと不自由になってしまうわけです。

さて、残るは「戦争は平和なり」。

ここで大事なのは、「国が国民を支配する」に当たっては、国民に「心理的な負担」と「敵」を与えておいた方がいいということです。すると、国は一方向にまとまりやすくなります。

これを実現するのが手段が「戦争」です。太平洋戦争時の日本がそうでしたし、現在も、中国・韓国は国内が荒れると、日本を「敵国」にして、民衆の怒りを国外に向けます。

さてここで、実際に、超大国とて「戦争」をしたら、国は疲弊します。だったら、真っ向勝負の戦争なんてしなければいい。故、1984年に登場する3つの超大国は、都市機能・経済の中心から遠く離れた場所を戦争最前線にして、一部の虐げられた人たちのみを犠牲にして、真っ向勝負をしているように偽装しつつ、内部を統制していたのです…怖すぎる…

この方法なら、犠牲少なく内部統制ができる。だから、戦争は一向に終わりません。これが「戦争は平和なり」の意味です。

最後に

今回は、ジョージ・オーウェルのディストピア小説の最高峰「1984」を紹介しました。

正直、まだまだ、熱く語りたいところがありますが、この辺にしておきます。とにかく、社会主義・共産主義への批判を超えて、「いま私たちが生きている現代社会」にさえ、警鐘を鳴らしています。

ただただ、オーウェルの「本質を見る目」に驚かされるばかりです。この凄さを味わうためにも、是非、多くの方に読んでほしいです。

なお、1984の予告編とも言える作品が『動物農場』。

動物たちが、自分たちを支配していた人間の農場主を革命により追い出し、理想の共和国を建国するのですが、その共和国で指導者になったブタが恐ろしい狡猾さで他の動物たちを支配する独裁者になるという、ディストピアな世界を描いた寓話です。こちらは、ロシア革命のスターリン、トロッキー、レーニンを明らかに批判して書かれています。

合わせて読んでほしい1冊です。

うーん、やっぱり、ディストピア小説、超面白い。まだまだ読んだことがない本がたくさんあるので、いろいろ読んでいきたいと思います。