今の時代、「読書が生きる上での糧になると感じたことはない。SNSやYoutubeで情報を得ればいいでしょ」と語る人は多い。私の周りにも。本を読まない人が実にたくさんいます。

確かに、読書をする・しないは個人の自由。強要もできないし、しても、その人のためになりません。しかし、読書をしない人は人生損している!

本書「死ぬほど読書」の著者 丹羽宇一郎さんも読書人間。本を読むことがどれだけ多くのものを与えてくれるかを知り尽くした読書家が、考える力、想像する力、感じる力、無尽蔵の知識や知恵、知的好奇心、さらには「生きていく力」を培ってくれることを、とことんまで教えてくれます。

読書好きなら大いに賛同、そして、読書好きでない方は、なぜ、読書した方がいい言われるのか、その理由に、大いに感化される必読の一冊です。

読書なんてしなくていいという人たちは「不自由」

丹羽さんは、読書は不要と考える人がいるのは、小さい頃から遊びも勉強も習いごとも、親や周りから与えられた環境で育った人が多いのではないかと分析します。
つまり、与えられたもののなかでばかり生きているので「自分の頭で考える」ことができないのです。

自分の頭で考えない生き方は「不自由」

与えられたもののなかでばかり生きている人は、自立した思考ができません。そのため、たまたま与えられた狭い世界のなかだけで解決してしまうことになります。しかも、狭い世界のなかで、何に対してもすぐに実利的な結果を求めてしまうことになります。

そんな生き方は、いうまでもなく精神的に不自由です。しかし、当の本人は露ほども、自分がそうだと思っていません。

不自由脱却に必要な「知」

現在は、技術進化により、人類史上、かつてないほど自由度の高い環境です。しかし、「何でもあり」の世界は一見自由なようで、自分の軸がなければ、そここはとても不自由です。それは前へ進むための羅針盤や地図がないのと同じだからです。

考えつく選択肢が狭いので、限られた狭いなかでしか動けない。だから、自分の思いを犠牲にして社会・会社に合わせて、ストレスを抱えています。

このような不自由を脱却するには、本当の「知」を鍛えるしかありません。読書はそんな力を、この上なくもたらしてくれます。

「無知の知」を知る

世の中、わからないことだらけです。人間にとって一番大事なのは、「自分は何も知らない」と自覚することだと、丹羽さんは述べます。

「自分は何も知らない」と自覚する  

読書は「無知の知」を、身をもって教えてくれます。本を読めば知識が増え、この世界のことを幾分か知ったような気になりますが、同時にまだまだ知らないこともたくさんあると、気づかせてくれるからです。

私が読書をし続ける理由も、まさに、これが理由です。死ぬ前、本を読み続けると確信できます。

知らないことで謙虚になれる

何も知らないという自覚は、人を謙虚にします。謙虚であれば、どんなことからでも何かを学ぼうという気持ちになれます。たとえ自分とは違う考え方のものであっても、それを認めることができます。

つまり、「無知の知」を知ることは、その人を際限なく成長させてくれます。この時成長を加速するポイントは、「読みながら考える」ことです。

教養を磨くもの

教養は単に知識を頭に詰め込めばいいというものではありません。

教養を磨くものは「仕事」と「読書」と「人」です。この3つは相互につながっていているので、バランスが大事。1つだけ突出していてもうまくいきません。

3つの内、読書が得意とするものの一つが、「現実の世界では体験できないことを想像させてくれる」ことです。読書なら、時間や空間を超えて、古代ギリシアへ行ってソクラテスと対話することもできます。これにより、自分の視野や思考の範囲がぐんと広がり、想像力が鍛えられます。人間という謎に満ちた存在に対しても、洞察と理解が深まります。

読書の仕方:どんな本を読めばいいのか

丹羽さんは、無駄な読書はないと述べます。ここからは、丹羽さんは本の選定について、どんなお考えをおもちなのでしょうか。

無駄な読書はない

本の中には駄作もあります。しかし、全く無駄ということはなく、何か学べることがあります。好色本や漫画からも学べることはあります。

長編作・難しい本もこれなら読める!まんがで読破シリーズ

私は、難しい本を読む前に、まず最初にポイントを知るために「まんがで読破シリーズ」をよく利用します。要点がまとまっているので、その後に原作や解説本などを読むときの理解度が格段にUPします。

年齢と共に捉え方も変わる

若い時に読んでつまらないと思ったのに、歳を取ってこの本は凄い!味がある!と感じるものはたくさんあります。その逆も然りです。

私にもそんな本がたくさんあります。年齢を経てその面白さを知った本は、自己成長を知るいい機会にもなります。

ハウツー本の弊害

現代社会では、ハウツー本が人気です。これは、何にでも答えらしきものをすぐに求めたがる傾向が強くなっているからです。入門書や解説書も同様の傾向があります。

即効性を求めることが悪くはありませんが、即効性ばかりを追求するのは×。読書は、即効性を求めても意味のないものが多いのです。即効性がなく、自分なりの答えを考えて探すというところに、読書本来の醍醐味があるからです。

私は、あるときストンと 腑 に落ちる、腹落ちする瞬間がたまらなく好きです。

古典の値打ち

長い時間にわたって膨大な数の人に受け入れられた古典は、それゆえに非常に広い間口と奥行きを持っています。

私の個人的な感想として、心に深く刻まれる、忘れられない作品になる確率が高いのが古典です。 若い時はつまらなくて挫折したのに、年齢を経て面白さが分かった!(読みこなせるようになった)と感じるものも多いです。

本にお金は惜しまない

丹羽さんは、本は、基本的に身銭を切って読むものだと指摘します。本にお金を使うことは自分を成長させるための投資であり、後からいろいろな形となって必ず生きてきます。

私も昔は図書館などを利用しましたが、極めて時間的ロスが大きい。今ではKindle本がほとんど。KindleUnlimitedを利用すれば、膨大な本が月980円で読めます。何年も続けていますが、読みたい本に困ることはありません。いまだに、読みたい本だらけです。

頭を使う読書

最近の人は、論理的にものを考える力が弱くなっている気がすると丹羽さんは指摘します。

「考える力」はこうして培う

論理的にものを考えることは、人がよりよく生きていく上で欠かせません。考える力がある人は、その人なりの価値観を軸として持っています。

今の人が論理的に考える力が衰えているのは、読書量が減っただけではなく、即効性のあるマニュアル的情報ばかりを求めるからです。回答を探すことばかりに時間を使い、自分で考えない。

論理的に考える力をつけるには、読書はこの上なく効果的です。思考力を養うには小説でもOK。なぜこの主人公はこういう行動を取ったのか?執筆時の時代背景など、いろいろ考えさせてくれることはたくさんあります。

また、歴史書は、現代人と祖先の同じところ、違うところの双方が入り混じっていて、実に多くのことを考えさせてくれます。「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」と言いますが、実際は同じ過ちを繰り返しています。こんな状況を見て、丹羽さんは「賢者は自らを律し、愚者は 恣 にする」といい換えたいと述べています。

このようなことを考えながら読むと、人間がいかなる生き物であるか、それに対する深い理解や洞察が格段に伸びるのは間違いありません。

読書は効用のみを目的にしてはいけない

何かを知るために、読書する人は多いですが、効用だけを目的にしていては、そこから本当にいいものを吸収することはできません。

楽しいから読む。わくわくするから読む。心が潤うから読む。そういう気持ちで読むから本はいいのです。

読書を自分の血肉にするには

読書の効果は計り知れません。如何に習慣化するかが大事です。

読書習慣がない人:背伸びは禁物

たまにしか本を読まない人が読書の習慣を身につけようとするとき、気をつけないといけないのは、背伸びをしないことです。

最初は自分の知識や教養のレベルに見合ったもののなかから、好奇心をくすぐるものを選ぶ。そうしないと挫折するのがオチです。

他人の失敗談は役に立たない

世の中には失敗体験本が山ほどあります。そもそも人間は愚かな生き物です。丹羽さんは多くを期待しすぎないようにする必要があると言います。

理由は、人は他人の失敗を見て、自分もそうならないようにしようと気を引き締めることはあっても、それ以上に役立つことはあまりないとの考えをお持ちだから。自分の失敗ですら、たいして教訓にならないのだから、他人の失敗や教訓など推して知るべしです。

なるほど。だから、人は、ダイエット本を読み続けるのですね(苦笑)

絶えず「小さな失敗」をしていこう!「ハインリッヒの法則」からの教訓

では、仕事で大きな失敗をしないためにはどうすればいいか?

ハインリッヒの法則」とは、1つの大きな失敗や重大事故の裏には、29の小さな事故が隠れており、さらにその裏には300の「ヒヤリ・ハット」となるような軽微な異常があるという、事故にまつわる法則です。
「ヒヤリ」とか「ハッ」とする程度の出来事には、人はほとんど注意を払いません。「何もなくてよかった」と本人だけがその瞬間思って、後はたいがい忘れてしまう。しかし、この仲間で「ヒヤリ」「ハッ」を共有して、修正や改善をすれば、大事に至らずに済みます。

思考の棚にフックをつくる

セレンディピティ(serendipity)とは、素晴らしい偶然に出会ったり、予想外のものを発見するという意味のですが、本をよく読んでいると、このようなセレンディピティは起こりやすくなります。

いろんな人と交流し、知見が高まるとセレンディピティ、起こる頻度が高まりますが、本も著者との出会いです。本により思考の棚に、さまざまなフックができ、問題意識が高くなり、偶然の出会い・発見も多くなります。

運には「偶然の運」と、本人の生き方や努力によって変わりうる「偶然ではない運」があります。
いつも運に恵まれていないと思う方は、セレンディピティが訪れるように、本を読んでみることをお薦めします。人生の壁にぶつかったときも、その解決策が見つけやすくなるはずです。

最後に:読書は人を自由にする

今回は、丹羽宇一郎さんの超良書「死ぬほど読書」を紹介しました。

人は会社の会議など、周りの空気を読みすぎるところがあります。しかし、自分の意見を持たない同調しすぎる反応ばかりしていると、自分の軸はできません。自分の軸がないからこそ、なんとなくその場の空気を読んで動こうとしてしまうと言えるかもしれません。これは「自由」には慣れません。

読書によって自分の考えが練られ、軸ができれば、空気を中心に思考したり、行動したりすることはなくなるはずです。世間の常識や空気に囚われない、読書を通じて真の自由を勝ち取りましょう!