【書評/要約】ブラックボックス(砂川文次 著)(★4) 「ちゃんと」と「暴発的暴力衝動」。人・世の暗部を描く、芥川賞受賞作

ちゃんとしなくちゃー

人は多かれ少なかれ、ダメな自分に焦燥を感じて生きています。

今回紹介する、砂川文次さんの『ブラックボックス』は、「ちゃんとしなくちゃ」という思いとは裏腹に、「暴発的暴力衝動」で理性を失ってしまう自転車メッセンジャーを描いた作品。

タイトルの「ブラックボックス」とは、何を象徴しているのか?考えながら読みたい作品です。私はどう読んだか、本書の感想をまとめます。

ブラックボックス:あらすじ

ブラックボックス:あらすじ

ずっと遠くに行きたかった。今も行きたいと思っている。

自分の中の怒りの暴発を、なぜ止められないのだろう。
自衛隊を辞め、いまは自転車メッセンジャーの仕事に就いているサクマは、都内を今日もひた走る。

昼間走る街並みやそこかしこにあるであろう倉庫やオフィス、夜の生活の営み、どれもこれもが明け透けに見えているようで見えない。張りぼての向こう側に広がっているかもしれない実相に触れることはできない。

気鋭の実力派作家、新境地の傑作。
― Amazon 本紹介文

「ちゃんと」に焦燥

自転車便のメッセンジャーの主人公サクマは、これまで仕事を転々。「ここではないどこかへ行きたい」という逃避感情と、「ちゃんとしなくちゃ」という思いのせめぎあいの中生きている。

体力を使って走れば走るだけ実入りがある完全歩合制の仕事は、自分の性分には合っている。しかし、配達の途中、何かあればすべてが「自己責任」。たとえ、事故なしで続けられても、体力的な限界は必ずやってくるという問題もあり、今後の人生に不安を抱えざるを得ない。会社員になることも考えるも、仕事探しにも本気にもなれない。また、同棲する彼女はいても、相手に身勝手なセックスを強いるだけで、一緒にいても「孤独」。「結婚」にも踏み切れない。

会社員、結婚 等…「ちゃんとしなきゃ」という気持ちはつのれど、どうにも先を切り開けず、悶々とした日々を過ごすばかりでした。

「暴発的暴力衝動」が原因で「刑務所」に

そんな悶々した日を続くストーリーが展開すると思いきや、ストーリーは別の次元へ。サクマは、これまでも人生を狂わせてきた「一瞬で着火してしまう暴発的暴力衝動」により、税務署の職員と警察官に暴力をふるい、刑務所に入れられてしまうのです。

刑務所暮らしの中で、サクマは「あること」に気が付きます。『刑務所は、「ちゃんと」ある場所だ』ということに―。

ブラックボックス:感想

ブラックボックス:感想

本書を読みながら、ずーっと考えていたのは、タイトル「ブラックボックス」の意味です。

これは、何のメタファーなのか?何を意味しているのか?

私なりなりの読み方ですが、1つは「サクマ自身」のブラックボックス。そして、もう一つが「世の中」というブラックボックスです。

サクマ自身のブラックボックス

サクマが刑務所に入らざるを得なくなったきっかけは、納税督促にやってきた税務署調査官です。

税金もちゃんと支払っていなかったサクマ。そこに、「ちゃんとした職業」に就く税務署調査官が2人やってやってきて、「ちゃんと支払え」という。しかも、説明がこ難しい。腹の虫が悪いところに、調査官の一人が「少し笑った」ように見えてしまったのが災難でした。

ここで、暴力衝動が発動。一人の調査官が流血するほどの暴力を加え、逃げたもう一人の調査官を追いかける。そこで、運悪く警察官と遭遇し、ここでも、警察官を負傷させてしまう。

サクマは、理性が失われ、暴力を発動する瞬間は覚えていないという。いつも「気が付いたら」、暴力事件に発展してしまっていると。暴力発動の瞬間、自分の中から何かが出てきて、これが出てくると、もはや意思ではコントロールできないと。サクマにとっては、自分自身が何が飛び出すかわからない「ブラックボックス」なのです。

「なんで私ははあんなことをしたのだろう?」 誰でも、多かれ少なかれ、自分の思考回路がわからないといった経験があると思います。行動は目に見えても、思考回路はブラックボックス。モヤモヤと絡まった気持ちも、ブラックボックスです。

「世の中」というブラックボックス

ブラックボックスな思考を抱える人間で構成されている「世の中」は、なおのことブラックボックスです。そこに「良識」があるとは限りません。特に、このような世界では、ダークサイドな部分が目につきます。

人の気持ちも見えなければ、地震・津波・宇宙だって、物理現象として解明されていないことは、現象として結果を受け入れるしかない。しかし、それでも、人は生きていかなければならない。なんらか、折り合いをつけて生きていくしかないのです。

本作には、このような人・世の暗部が色濃く描かれています。

もう一つのテーマ「ちゃんとしなくちゃ」

もう一つ、本作を貫いているテーマが「ちゃんとしなくちゃ」という思いです。興味深いのが、ちゃんとしていない人たちの集団でもある「刑務所」で『「ちゃんと」がある場所』と感じる点です。刑務所は起床時間から就寝に至るまで、全てがルール化されています。そこから外れることは許されなません。24時間、がんじがらめです。

さて、現代の世の中は、「自由がよし」とされる時代です。しかし、「本当に自由が幸せか?」と言えば、万人が幸せとは限りません。自分で考え、自分で自己をコントロールし強い意志で行動できる人にとっては自由は素晴らしい。しかし、自分で考えられない、自分で自己をコントロールできない人にとってはどうか?

何もできずに、その場その場に流され、モヤモヤした気分の中で生きざるを得なくなります。

今後、世の中はますます自由化が進んでいきます。しかし、「人類にとってそれは本当に幸せといえるのか?」「ちょっとぐらい不自由の方が生きやすいのではないか」ということを考えさせられました。

最後に

今回は、砂川文次さんの『ブラックボックス』の感想を紹介しました。

本作の始まりは、とても都会的でカッコいい雰囲気から始まったのに対し、全く違う結末に連れてこられた感じです。「ずっと遠くに行きたかったサクマ」。そんなサクマに、読者は随分遠いところに連れてこられた感じを味わえます。このあたりについても、是非、楽しんでみてください。