『滔々と紅(とうとうとべに)』は、飢饉の村から吉原に売られてきた一人の娘の成長を描いた歴史小説。
綿密な調査をベースに、江戸時代末期の吉原・妓楼(ぎろう)を生きた女性の生き様が、吉原遊郭とはいかなる文化を持つ場所だったかと共に描かれます。
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ライトノベル・テレビアニメの「薬屋のひとりごと」も花街・妓楼を描いた作品ですが、この舞台で使われているなじみのない言葉についても、本書を読むことで理解が深まったことは収穫でした。
今回は、志坂圭さんの『滔々と紅』の簡単なあらすじ、感想、学びを紹介します。
目次
滔々と紅:あらすじ
第1回 本のサナギ賞 大賞作品
天保八年、飢饉の村から 9歳の少女、駒乃(こまの)が人買いによって江戸吉原の大遊郭、扇屋へと口入れされる。
駒乃は、吉原のしきたりに抗いながらも、手練手管を駆使する人気花魁、艶粧(たおやぎ)へと成長する。
忘れられぬ客との出会い、突如訪れる悲劇。苦界、吉原を生き抜いた彼女が最後に下す決断とは…。
―「BOOK」データベース より
口減らしのため吉原へ
主人公の駒乃は、父・幸助、母・ヌ衣の間の七人兄弟の長女。1833年の冷夏から始まった「天保の大飢饉」で家族は死亡・逃亡し、一家に残されたのは、母親と長男の松吉、そして駒乃だけ。しかし、駒乃も、口減らしのために吉原に売られてしまいます。
吉原― そこは「死」が隣接する
吉原に到着した、駒乃は、大見世「扇屋」で、“しのほ”と名付けられ翡翠花魁預かりの禿(かむろ)として、この吉原で厳しく躾られていくことになります。そして、「しのほ」、「明春」、「艶粧花魁」と成長・出世してゆく過程で、数々の「死」に遭遇することになります。
飢饉・地震・火事が頻発する江戸後期においては「死」はすぐそこにあるモノ。それが吉原ともなればなおさら。しょうがないものとして折り合いをつけて、先に進んでいかなければならないもの…。
身体を壊して寝込むようになった死の間際の駒乃は「自分の死」に直面し、何を想うのか―。
天命 32歳。波乱の人生を生きた駒乃の想いは、本書を手に取って読んでほしいです。うるっとします。
滔々と紅:感想と学び
本作品には、ストーリーの理解を促すため、「江戸後期の世」「吉原遊郭の特殊な文化」が解説されます。純粋にストーリーを楽しみたい方は、話を分断されたと感じる方もいるかもしれませんが、個人的には、この解説が、歴史や特殊な文化を知る上で有益でした。以下、備忘録として、感想と共に、学びを紹介します。
天保の大飢饉:20~30万人の命を奪った飢饉
主人公が吉原に売られるきっかけとなった天保の大飢饉は、江戸時代後期の1833~1836年にかけ起きた大飢饉です。江戸四大飢饉の1つで、冷害・洪水で大凶作で、米価が高騰。餓死者が続出し、推定20~30万人が命を落としました。中でも被害が大きかったのが、主人公の出身地「東北地方」です。
犬・猫・鼠はもちろん、松の木の皮、根を食いつくしても食べるものがない。吉原に向かう道中も、餓死者の山。屍骸には無数のカラスが群がり、暗雲のごとくハエが渦を巻く。幼き命も、「殺す」か「売って人減らし」するしかない。
金があっても食べ物は買えません。我が子を殺さないために、幼き女の子は吉原に売られたのです。なお、江戸時代の法令で人身売買は禁じられています。故、建前は「奉公」です。
吉原遊郭の始まりと場所
吉原遊郭は、江戸幕府によって公認された江戸の遊廓です。慶長十七年(1612年)に 庄司甚右衛門が幕府に願い出たことがきっかけ。最初は日本橋人町に遊郭がつくられましたが、明暦の大火後、面積1.5倍となって浅草寺浦に移転しました。前者は「元吉原」、後者は「新吉原」と呼ばれます。
なお、「元吉原」はもともとは、「葦」の群生地で「葦原」と呼ばれていましたが、江戸の真ん中に「悪原=悪い場所」があることを懸念して「悪し⇒良し⇒吉原」となったそうです。
吉原の構造
新吉原(以降「吉原」と呼ぶ)は、忍返しの付いた黒い板塀に囲まれた区画。周囲は「お歯黒どぶ」と呼ばわれる堀で囲まれ、基本の入り口は「大門」が一つ。反対側と左右に4カ所の合計9カ所の出入り口がありましたが、大門以外は、堀を渡す跳ね橋が設けられていて自由にな行き来はできませんでした。
大門を潜れば、年季が明けるまでは出られない。病死、折檻死・心中など、「死」が身近。運び出された死骸は浄閑寺に持ち込まれるのが慣習でした。
吉原炎上
明治末期に栄華を極めた〈吉原遊郭〉の肉体を売って生きる女のしたたかさ・激しさをインパクトあるエロチシズムに描いた有名映画「吉原炎上」に見られるように、吉原はとても火事が多い場所でした。
江戸の町自体が火事が多いのにプラスし、女郎が逃亡のために火をつけたからです。火付けを行った女郎は「流刑」。一般的に火付けは市中引き回しの上、磔(はりつけ)ですが、遊女の火付けに限っては情状酌量があったそうです。
なお、吉原の再建まで約一年の間は、浅草、 本所、深川の長屋や料亭、茶屋を借りての仮宅営業を行っていました。
吉原女郎の階級
吉原遊女の格付けは時代・場所によって異なります。本作品の時代では、上級妓楼には、以下のような格付けがありました。
部屋もち、花魁・女郎 | |
花魁 | ・花魁は3種あり、「呼出」、「昼三」、「附廻(つけまわし)」 ・自身のための豪華な部屋と座敷を持つ ・新造を配下に持ち、禿を抱え、その衣食住の一切合財の面倒を見る ※天保時代は、最城郭の「太夫(だゆう)」は消滅 |
座敷持 | ・自分の部屋と座敷を持ち、部屋で寝起きしながら座敷へと客を招く ・場合によっては禿を養う |
部屋持 | ・自分の部屋を持ち、その部屋で寝起 |
新造:部屋を持たない見習い(客を取る前) or 年増女郎 | |
振袖新造 | ・振袖を着て出る禿あがりの13~14歳の新造 ・基本は客を取らないが、姉女郎の采配で客の相手をする ・座敷や部屋は持たず、大部屋にて雑魚寝生活 ・行く末は花魁まで出世が見込める |
留袖新造 | ・やや歳をとった新造。袖を留めて留袖新造に ・人気が出れば部屋持、座敷持へと昇格するが、大概にしてそこまでの出世で終わる ・大部屋を屏風で仕切っただけの 割床で安価に同衾 ・よい客が付かなければ年季明けまで留袖新造ということも珍しくない |
番頭新造 | ・元女郎で年季 明けても行く宛てのない女が花魁の世話役として籍を置く ・求めに応じて客を取る |
引込新造 | ・美人で器量がいいと、引込新造になることができる ・衣食住にかかる費用すべてを楼主が持つ |
禿:まずはココから | |
禿 | ・7,8歳から奉公に入り ・13~14歳まで、吉原の掟・しきたり・言葉遣いを仕込まれる |
遣手:躾役、女郎のまとめ役 | |
遣手 | ・元女郎。長年に亘って籍を置き、妓楼の全てを知りつくす ・女達をまとめ、躾ける役目を負う |
これとは別に、「下級の女郎」もいました。妊娠、出産を経験したり、病気になると女郎としての格は下がり、下級の「切見世(きりみせ)」などに売り渡されました。
吉原が活気づく時間
吉原が活気づき始めるのは午後6時頃~。そして大門が閉じられるのが午前0時ごろ。女郎を買った男性は、朝再び大門が開く午前6時以降に帰宅となったそうです。
女を買う場所なので、すぐに女を抱かせてもらえると思いきや、そんなには甘くない!
初回は遊女と話もできない。2回目も布団が用意されても、遊女がやってくるかはわからない。3回目「三会目」で初めて、擬似夫婦が成立し、客の名前入りの箸が作られ、より親密な関係となります。とはいっても、この段階でも、身体を許してもらえるかは、別問題だったようです。
ストーリーの感想
ストーリーは、駒乃が女郎の世界で出世し、禿・なつめとの関係性が描かれるあたりから、人との情を中心に話が展開されるようになり、面白くなってきます。
さらに時間は経過し、駒乃は、愛する男性に巡り合い、見受けしてもらい、愛する林太郎との間に男の子をもうけます。さらに、幼き頃に分かれ、飢餓を生き延びた兄弟とも再開を果たします。そして、我が子を吉原に売った母の気持ちを知るのです。
幼いころより、親との別れに始まり、「人の情に薄かった」からこそ、「愛・情」の大切さを身に染みて実感するようになるのです。
しかし、幸福な時間は長くは続きませんでした。そして、自分の死を前に、駒乃は思うのです。
最後に
今回は、志坂圭さんの『滔々と紅』の簡単なあらすじ、感想、学びを紹介します。
ストーリーの後半、読者は、うるっとすることになるでしょう。そして、江戸時代、こと吉原においては、いかに死が身近なものであったかと感じさせられます。
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現代人は、「死」を遠い存在であり、若い人なら「他人事」のように感じているでしょう。でも、しかし、明日、死ぬ可能性だってあります。明日死んでもいいような生き方に努めたいものです。