【書評/要約】太陽の子 (灰谷 健次郎 著)(★5) ~大人が読みたい児童文学。戦争と沖縄を通じて「学ぶこと・考えることの大切さ」を教えられる良書
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太陽の子」は、灰谷健次郎の長編小説。

主人公の小学生の女の子の目を通じて、太平洋戦争、特に沖縄県民が受けた太平洋戦争後も続く苦しい立場、心情に触れることで、戦争を学ぶ価値ある作品です。

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ジャンル的には「児童文学」作品に位置づけられますが、大人が読むべき良書。ミヒャエル・エンデの「モモ」、ディケンズの「クリスマス・キャロル」なども児童書ですが、本当の作品の良さがわかるのは「大人」。まだ経験の浅い子供ではなく、大人だからこそ、小説を読んで感じられる、痛み、喜び、感動があります。

今回は、灰谷健次郎の小説「太陽の子」の簡単なあらすじ、そして、素晴らしいと感じた点を紹介します。

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太陽の子:あらすじ

【書評/要約】太陽の子 (灰谷 健次郎 著)(★5):あらすじ

ふうちゃんが六年生になった頃、お父さんが心の病気にかかった。お父さんの病気は、どうやら沖縄と戦争に原因があるらしい。なぜ、お父さんの心の中だけ戦争は続くのだろう? 

厳しい現実を明るく生きぬく少女の眼を通し、人間のやさしさの本当の意味を問う感動長編。著者渾身の長編小説。
―――― Amazon より

舞台は、太平洋戦争の終戦から30年後の神戸市。
沖縄県出身者を両親に持つ、小学6年生の少女ふうちゃん。
両親は沖縄出身で、神戸の下町で沖縄料理店「てだのふあ・おきなわ亭」を営んでいます。

沖縄料理の店なので、お店には、沖縄出身の人たちがやってくる。母の遠戚に当たるオジやん、鋳物工場で働く青年のギッチョンチョンとその先輩の昭吉くん、左腕のない溶接工のろくさん、父の親友のゴロちゃんなど。ふうちゃんはお店にやってくる彼らと楽しくおしゃべりを楽しんだりしていましたが、彼らは沖縄の話や昔話を語るとき、悲しい目をしたり、口をつぐんだりすることが気がかりでした。

そんな彼らとの会話、接点を通じて、ふうちゃんは沖縄について知りたいと思うようになります。そして、お客さんの中には、戦争で子供を亡くした人がいること、沖縄出身者であるが故に蔑まれバカにされた人生を歩んだ経験がある人がいることなど、「悲しい思い出を一日でも早く忘れたい」と思っている人が複数いることをも知り、心を痛めます。

しかし、学校での梶山先生の歴史の授業を通じて、ふうちゃんは、「沖縄と戦争」「沖縄の歴史」について、身近な人から学ぶ必要があると、心から思うようになるのです。

太陽の子:感想

【書評/要約】太陽の子 (灰谷 健次郎 著)(★5):感想

沖縄と戦争… そこで何があったのか真実を知りたい と思ったふうちゃん。その姿勢は、まさに真剣。
学校の先生、そして、沖縄料理店に来る人たちを通じて、様々なことを学んでいきます。ふうちゃんの学ぶ姿勢には、見習うべきものがあります。

以下、小説のシーンで出会った「いいシーン」「いい言葉」を書き記しておきます。

社会に出ても通用する、本当の学びを

ふうちゃんは、自分のテスト用紙を見た。
日清戦争、 日露戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦という群れがあり、つぎに、ベルサイユ条約、ポツダム宣言、 下関条約、ポーツマス条約という群れがある。群れはもう一つあって、小村寿太郎、重光葵、伊藤博文、西園寺公望 とあった。 明治以後のおもな戦争に関係の深いものをそれぞれ線でむすびなさい、という問題なのであるが、ふうちゃんはみな正解だった。

(梶山先生)「よく勉強したのか、みな、よくできていたよ。同じ問題をみんなのおとうさんやおかあさんにやらせると、みなと同じくらいできるかどうか疑問だね。それは、みんなのおとうさんやおかあさんが悪いのではなく、社会に出れば忘れてしまうような、そんな歴史の勉強の仕方が間違っていると、ぼくは思えてきたんだ

梶山先生は、児童たちに、単に受験に受かるための授業ではなく、生きた学びを教えようと努めます。

児童に見せるには残酷かもしれないと断りつつ、戦争時代の現実、広島に落とされた原爆で被害を受けた人たち、黒焦げになって焼けただれた死体などを写真を見せて次のように語ります。

君たちのおとうさんおかあさん、あるいはおじいさんおばあさんが、こんなめに会ってきたんだ。遠い昔のことじゃない。第二次世界大戦──ポツダム宣言──重光葵ときちんとむすべて百点満点の答案用紙をもらっても、君たちのおとうさんおかあさん、おじいさんおばあさんの苦しみがわからなければ、なんにもならないじゃないか。死んだ人の命を、今、もらって君たちは生きているんだ。死んだ人が、なにをいいたかったのか、もし、君たちにその声をきく耳がなかったら、死んだ人は犬死にじゃないか」  
教室はしーんとしてしまった。
「みんなも知っているように、若杉とき子はおとうさんがない。若杉のおとうさんは子どものとき空襲にあって、からだの半分が燃えたんだ。(略)若杉に、おとうさんがいないといって同情するのはやさしいが、そんな同情は、ほんとうの友情かな。
ほんとうの友情とは、まず、若杉のおとうさんの苦しい歴史を知ることだ。知ったなら、考えることだ。そして、自分の生き方にそれを生かすことだ。そう思わないか。

このような先生の言葉に、児童たちは真剣に、沖縄について勉強を始めるのです。

年号を覚える歴史の授業に意味はあるか

1945年:日本敗戦
1974年:新憲法実施
1972年:沖縄が日本に復帰 ….

学校で学ぶのはこんな歴史の事柄のみです。しかし、事実・事柄だけをおぼえる勉強はどこかおかしくないか。今、生きているぼくたちの方から歴史をたどる勉強を、はじめようやないかと、先生は続けます。

お父さん、お母さんの生い立ちを調べれば、二次世界大戦がなんだったかということが、少し、わかるかも知れない。沖縄料理店に集う人たちからは、沖縄のことが少し見えるかもしれない。なんで沖縄の人が生まれた地で働けず、大阪・神戸にきて働いているのかがわかるかもしれない。身近な人たちの小さな歴史を、こつこつ集めて、そして、みんなで考える。そんな勉強をしようと生徒に語ります。

ふうちゃんは、お店にくるお客さんのことは、なにもかもよく知っているつもりだったけれど、梶山先生のような見方では、結局、何一つ知らなかったと、気づきます。そして、自ら、学び始めるのです。

歴史だけでなく、心も学ぶ

梶山先生のアドバイスを聞いて、身近な人たちの小さな歴史を、こつこつ集めてみんなで考える勉強しはじめるふうちゃん。しかし、たちまち大きな壁に突き当たります。

人間、誰しも他人が触れてはいけない部分がある。

そんな、人間関係を築いていくうえで極めて大事な「気づき」です。しかし、それでも、聞き方、話し方、接し方によって、話してもらえるのではないかと、「考える」のです。

みんなは、わたしをとてもかわいがってくれます。わたしをかわいがってくれる人を、わたしがよく知らないとしたら、わたしはただ、人に甘えているだけの人間になります。わたしをかわいがってくれる人は、わたしをかわいがってくれる分だけ、つらいめにあってきたのだということが、このごろのわたしには、なんとなくわかるのです。だから、わたしはいっそう、みんなのことを知りたいのです。知らなくてはならないことを、知らないで過ごしてしまうような勇気のない人間に、わたしはなりたくありません。そんなひきょうな人間になりたくありません。

今の現実には必ず理由がある。調べて考えよう

今でも、沖縄は仕事が少なく、また、平均年収も低い傾向が続いています。今起こっている現実には、必ず、その理由(歴史)があります。

「なぜなんだろう、と思ったときに調べて、考える」。この大切さを本書から大いに学ばされます。

そして、「自ら学びたい」と思える「出会い」があることの大事さも改めて感じます。大学生で全く本を読まなくなった私に「本の面白さ・大切さ」を教えてくれた、社会人1年目の時の同僚と上司には感謝しかありません。彼らがいたからこそ、「本からの学び・感動を日々満喫している今の幸せな私」がいます。

そういえば、父も母も本を読む人でした。自宅の本棚にあった児童書の中も、手を付けずにいまだ読んだことがない作品があり、時折、ふと、思い出します。死ぬまでには必ず読破します!

最後に

今回は、灰谷 健次郎の小説「太陽の子」の感想を紹介しました。
前半は少し退屈に感じるかもしれませんが、後半に進むと、ストーリーに引きこまれます。是非、ご自身で読んでみてください!

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