「何をするか、何者になるのか」が過剰に求められる現代社会。
小さい時から、「人生の成功には努力が必要」と教えられ、「将来は何になる?」と聞かれ続ける。そして、大人になると「あなたは何をしているのか?」と問われ、何者にもなれなかったものは、努力不足だと愚者のレッテルを暗に貼られてしまう。
競争社会・成果主義が社会を分断。愚者を見下し、他人を出し抜き、パイを奪い合う、そんな殺伐とした世界の中に我々は生きています。
そんな「あなたは何者なのか」を問われる、人生最初の試練ともいえるのが就職活動(就活)。そんな就職活動戦線真っ只中でもがく、「何者かであろうとする就活生たち」のリアルをあぶりだした作品が浅井リョウさんの小説「何者」です。
今回は、小説「何者」の中に見た、就活生の息苦しさ、「何者かである生き方」を選ぶしんどさについて、感想を書き記しておきたいと思います。
何者:あらすじ
学生団体のリーダー、海外ボランティア、手作りの名刺……自分を生き抜くために必要なことは、何なのか。この世界を組み変える力は、どこから生まれ来るのか。
影を宿しながら光に向いて進む、就活大学生の自意識をリアルにあぶりだす、書下ろし長編小説。
──── BookWeb書誌より
本書は、2013年、弟148回直木賞受賞作品。23歳での賞受賞は当時戦後最年少での受賞です。
著者である浅井さん自身も経験したであろう、就職活動中の精神的な追い詰められ感、あがき、揺れ動く友人との関係(自意識)、低下する自己肯定感などを描き出されています。
何者:感想
以下の感想には、ネタバレを含みます。知りたくない人は読まないでください。
最初感じたのは、よくある就活話
正直、本書を読んでいる最中の感想は、よくある現代の終活話。そんな印象でした。
そして同時に、現役大学生で芥川賞を受賞した綿矢りささんの「蹴りたい背中」を読んだ時に感じた同じ印象も湧き上がりました。
それは、若い作家作品によくある一つの特徴「自分を中心とした狭い世界」を描いたストーリーで、人生経験の浅さからくる「思考の幅の狭さ」、「若者が持つ世の中を斜に構えて冷ややかに見る、こじらせ感」のようなものが、自分の若かりし頃と重なり、苦々しく感じる感覚です。
「当時の私も若くて知識・経験不足。視野が狭く、思慮も足りなかった。当時をもう一度やり直せたら、もう少しうまく生きられるのに…」といったような、懐かしさと苦々しさが同居する感情です。
私も、バブルが終焉して、就職が難しくなった時代に就職活動をした身。当時は、就活でSNSアピールは必要ありませんでしたが、他人の内定状況、友達・仲間が内定をもらった会社と自分が内定をもらった会社の優劣を比べ、素直に仲間の内定を喜べない自分を嫌だと感じもしました。そんな、当時のネガティブ感情も、まざまざと蘇りました。
ラストにどんでん返し
この書の賞受賞作たる所以は、本書のラスト。どんでん返しと、人の心をナイフでえぐるようなキツイ言葉で本書はラストを迎えます。
登場人物の就活生の中には、よい企業からの内定を獲得するために、いわゆるなんでもやる意識高い系アピール女子が登場します。そして、そんな彼女の行動力をどこかうらやましくも思いつつも、「そんな意識高い系の自己アピール、カッコ悪くて俺にはできない」と内心思っている男子に向かって以下の言葉を浴びせるのです。
(略)
自分が笑われてることだってわかってるのに、名刺作ったりしてるのは何でだと思う?
(略)
それ以外に、私に残された道なんてないからだよ。
(略)
ダサくてカッコ悪い今の自分の姿で、これでもかってくらいに悪あがきするしかないんだよ、もう。
(略)
そうやってずっと逃げてれば? カッコ悪い自分と距離を置いた場所で、いつまでも観察者でいれば? いつまでもその痛々しいアカウント名通り【何者】かになった振りでもして、誰かのことを笑ってなよ。就活三年目、四年目になっても、ずっと。
上記言葉を浴びせられた男子は言い返す言葉もありません。言い返せるはずもありません。
就職活動には、意識高い系、現実逃避系など、いくつかの典型的なタイプの就活生が登場しますが、どのタイプも「何者かを問われる就活のしんどさ」に苦悩している様子がリアルに伝わってきて、しんどくなります。自分と重なる方も、多いはずです。
「何をするか、何者になるのか」が求められる時代に幸せはあるのか
不思議なめぐりあわせで、たまたま「何者」と同時並行で読んでいたのが、日本人らしい「幸せ追求の仕方」を提案する本「むかしむかしウェルビーイングがありました」です。
ただそこに存在するだけでは価値がない、
何をどの程度できるかといった優劣・能力のみで判断される社会の中で、
競争にまみれて生きる限り、
ウェルビーイング(イキイキとした幸せ)は手に入れられない
と指摘。その上で、「とにかく上を目指すし、成功することが幸せ」と考える西洋思考を辞めて、もっと日本人らしい幸せを追求しようと提案します。
たまたまのめぐりあわせで「何者かを問われる社会での息苦しさ」を就活生のリアルから描いた小説、そして、「何者かを問われる社会」にしんどさを感じている日本の社会人に対して、ウェルビーイングに生きるヒント・アドバイスを与える指南書の2冊を読んで、イキイキとした人生を生きるための生き方について、いろいろと考えさせられました。
イキイキとして生きるために私が取り入れたいと思ったアドバイスは以下の書評にその一部を記しました。
下記記事をもって、本書の感想としたいと思います。
最後に
今回は、朝井リョウさんの「何者」からの感想を紹介しました。
本書を読むだけでもいろいろ考えさせられることはあります。しかし、本書だけでは気持ちがしんどい。そこから解決策を見出す本も一緒に読んだ方が、得るものが大きいのでは…と思うので、是非、「むかしむかしウェルビーイングがありました」も合わせて読んでみてください。