【書評/要約】アノニム(原田ハマ 著)(★4) 1枚のアートが世界を変える!? 米芸術家ジャクソン・ポロックとグローバル経済と美術史と...

アートは世界を変えられるか!?

美術作品を取り扱った作品で読者を楽しませてくれる作家原田ハマさん。
小説というエンタテイメントとしての面白さだけでなく、キュレーターとして美術知識に支えられた小説は、単にエンタテイメントとして面白いだけでなく、美術館などでの美術鑑賞を非常に面白いものにさせてくれます。

今回紹介の小説「アノニム」は、アジア経済のハブであり、タックスヘイブン、そして民主主義と資本主義の間で揺れる「香港」が舞台。アメリカの偉大な画家ジャクソン・ポロックの幻の名画を中心に、当時と現代香港の「グローバル経済」×「美術の転換点」をシンクロさせながら話が展開しています。

グローバル経済と美術の深い関係、そして、偉大な芸術作品をより興味深く鑑賞するコツ(視点)をも教えてくれます。

私は美術館巡りが好きですが、それをより楽しむためにも、本作からの気づきをまとめておきます。

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アノニム:舞台背景・構成・あらすじ

アノニム:舞台背景・構成・あらすじ

香港のオークション会場で、ジャクソン・ポロック幻の傑作「ナンバー・ゼロ」がオークションにかけられることに。
時を同じく、アーティストを夢見る高校生・張英才に「アノニム」と名乗る謎の美術窃盗団からメッセージが…

本物のポロック、見てみたくないか?
たった1枚の絵で、世界を変えてみないか?

アノニムは、アートは一部の富裕層にのみ独占されるべきではないという意思のもと、盗まれた名画を盗み返し修復するという謎のアート窃盗団。彼らの狙いは何なのか!?
中国との間で、自治権をめぐる抗議デモで、社会が揺れている「香港」を背景に、ストーリーが展開する。

アノニム:感想(面白い点)

アノニム:感想(面白い点)

私が本書で面白いと思ったのは、「時代の転換期」すると、一見、関係がなさそうに見える「美術の世界」でも転換が起きるという点です。
この点を理解するには立っては、まず先にジャクソン・ポロックがどんな画家であるかを知る必要があります。

画家:ジャクソン・ポロック

画家:ジャクソン・ポロック

参照:wikipedia

ポール・ジャクソン・ポロックは、1950~60年代に、ニューヨークを中心に活躍したアメリカの画家。
キャンバスにを床に置いて、その上を動き回って絵の具を垂らし、アーティスト自身の動きの軌跡をカンヴァスの上に残す、という画期的な手法(アクション・ペインティング)を生み出したことで知られる芸術家です。この手法でボロックは抽象表現主義ムーブメントを引き起こしました。

グローバル社会の変化と美術界の変化

ここで興味深いのは、ポール・ジャクソン・ポロックが活躍した時代は、まさに、世界を巻き込んだ大戦が終わって、世界には秩序が訪れた時代。

世界の中心はヨーロッパからアメリカに、そして、美術の中心も同じく、ヨーロッパからアメリカに移った時代です。

戦争に勝った大国が主導して作り出した、いびつな秩序でしたが、アメリカが名実ともに覇権国として君臨した時代です。ただ、アメリカは、ソ連との冷戦時代に突入し、戦争の抑止力とすることを名目に、各国は次々に核武装を始めるなど、時代は次なる動きを見せていた時代です。

画期的なアーティストが登場するとき

上述のような、時代下で起こる、「グローバル経済」と「美術」のシンクロを、ハマさんは、登場人物の言葉を借りて、非常に興味深い言葉で解説します。以下は、アノニムから、張英才へのメッセージの引用です。

君に知ってもらいたいのは、画期的なアーティストが登場するときには、時代が大きくかかわっている、ということなんだ。

傑作が生まれたそのときがどんな時代だったのかを知ることは、アーティストや作品を理解するのに大いに役立つ。ちょっとした思いつきや偶然で生まれる作品の中にも優れたものはもちろんあるけれど、ほんとうの傑作には、アーティストが肌身に感じていた時代の空気が綿密に盛り込まれている。アーティストが何を感じ、どんなふうに考えて作品を創り出したのか、まずはアーティストの創作した時代に思いを馳せて、作品に向かえば、よりいっそうそれが輝いて見えることだ。

ポロックが登場した時代、アメリカは、世界最大の超大国として、経済的にも文化的にも世界の中心となっていた。軍事、科学技術、金融など、あらゆる分野でトップを走っていたし、常にトップランナーでなければならなかった。資本主義に立脚した民主主義、それが戦後アメリカの打ち出した社会の理想的なあり方だった。

力のある国に、なんであれ、中心がシフトしていくのは世の常だろう。産業革命が起こった時期にはイギリスが世界をリードしていたし、近代的な文化が花開いた時代にはフランスがそれを牽引した。そして第二次大戦後、とうとうアメリカがセンターを取った。

なるほどぉ。こんな風に思って美術作品を見ると、絶対に、作品が面白く、興味深く感じられるはず。
私は正直、近代美術が苦手。ニューヨークでMOMAに行った時も、「なんだこれ…」といった具合で、正直、全く良さがわからなかった。それに比べて、ヨーロッパの美術館、ルーブル美術館然り、プラド美術館に行ったときは、西洋絵画がとても素敵に輝いて見えました。

でも、これって、単に写実的な絵がうまそうに見えただけなんですよね。絵のことがほんのちょっとでもわかると、俄然、見方が変わって作品が楽しくなる。
今後、こんな見方ができるほど、世界の歴史や、美術について、知識を深めたい!きっと、「感動の質」が違ってくるはずです。

偉大なる壁を超える

けれど、資本や技術がいくら豊富にあっても、どうにもならないものがある。―――それは、感性だ。

たとえば、どんなにお金をつぎこんでも、どんなに進んだ技術を取り入れても、レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」のような歴史的傑作を操作して創り出すことはできない。意図的にパブロ・ピカソのような天才アーティストを生み出すこともできない。つまり、感性がつかさどるアートは、いくら超大国だからといって、「ほらできた」という具合にはいかないんだ。

豊かな超大国・アメリカに生を享けたポロックだったが、「世界の中心」で楽にアーティストになったかというと、そうではない。むしろ、ポロックには、越えなければならない壁があった。その中のひとつが「ピカソ」だった。

想像してみてほしい。その時期、世界中のすべての若いアーティストにとって、ピカソの存在は、希望の星であると同時に、脅威的存在だった。二十世紀の前半の五十年間で、ピカソとそれに続くヨーロッパのアーティストたちは、ありとあらゆる実験的な手法を試み、美術史に刻まれる革新をもたらした。何かいいアイデアを思いついて、やってみようとすると、それはすでにピカソがやってしまっていた──というようなことを、ポロックはたびたび経験した。
あれも、これも、全部ピカソがやってしまった。それは、新しい「何か」―――自分にしかない独自性、ユニークネスを希求するアーティストにとって、驚きであり、畏れであり、脅威だったはずだ。

それでもポロックは、試行錯誤を繰り返した。どうやったら「ピカソ」という壁を越えられるか。いったい何が新しいのか、自分が求めているアートとは何か。悩み続け、苦しみ抜いた末に、たどり着いたのが「アクション・ペインティング」だったんだ。

彼には、乗り越えるべき壁があった。彼には追求すべき信念があった。成し遂げるべき革新があった。
ポロックは、この絵、たった一枚の絵で、それらを実現した、世界を変えた。そして、今度は彼こそが、のちの世の若いアーティストが「乗り越えるべき目標」となった。

張英才。もし、君が本気で世界を変えたい ―――と望んでいるなら、きっとできるはずだ。
たとえば、一枚の絵で―――ポロックが、そうしたように。

こんな言葉で、アノニムは、時代が変わろうとしている香港の若きアーティスト張英才に、革命を起こせ!と鼓舞します。

始めるまえにあきらめるのは簡単。しかし、始めなければ、何ごとも起こらずに終わってしまう。
失敗するかもしれないけど、いや、むしろ、失敗することが多いけど、何もしないと、絶対に世界は変わらない。ほんの少しでも変えられかもしれないと、強い思いを持ち、挑むこと。その大切さを、アートを通じて教えられます。

最後に

今回は、原田ハマさんの「アノニム」を紹介しました。

教養書でなくとも、小説だって、人生を豊かにする学びがある。これが読書をする楽しみ。
ほんの少しずつですが、読書をすると、こういう豊かな学びが蓄積されていく。昔は歳をとるとつまらなくなると思っていたけど、歳を経て、益々楽しい!そう感じる今日この頃です。